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「早坂楽としてでなく、間宮楽として行けばいい。同伴者OKだっていうし」
「けど――」
「――うわーんっ!」
突然の楽久の泣き声に、ハッとしてリビングを見ると、楽久がテーブルの下でうずくまっている。
楽久がテレビを見る時は、テレビとソファの間のローテーブルを脇に移動し、ソファにもたれるように床に座らせているのに。
「楽久!」
楽が駆け寄り、息子をテーブルの下から引っ張り出して抱き締める。
「どうしたの? どこかぶつけたの?」
パッと見たところ、顔や手足に傷はない。
楽久は楽にしがみついて泣くばかり。
「楽久?」
「ぎゃっ! ぎゃーっ!」
いつものように楽が楽久の頭を撫でると、更に火がついたように泣き出した。
「頭をぶつけたのか」
柔らかい髪をそっとかき分けて見ると、頭のてっぺんから少し後ろが赤くなっている。
テーブルの下に、楽久が食べていたおやつが落ちていたから、拾いに潜って頭をぶつけたんだろう。
俺は落ちているおやつを拾い集めた。
「頭をぶつけただけなら大丈夫だろ」
「けど、転んでもここまで泣かないのに……」
楽が心配そうに息子の顔を覗き込む。
確かに、楽久は転んでもぶつけても、あまり泣かない。
もちろん、驚いて泣きはするけれど、すぐに泣き止む。
大好きなアニメが流れているのに、気が逸れない。
「打ち所が悪かったんじゃ……」
本気で心配している楽には言えないが、楽久の泣き方が演技かかっているように見えた。
もちろん、そんな打算はないだろうけれど、やけにわざとらしく大声で泣き、楽にしがみついて離れない。
やけくそになっているような、不自然に力の入った泣き方。
「ね、病院に連れて行こう! 私、準備するから、抱いてて」
そう言うや否や、楽はしがみつく楽久を引き離して俺に押し付け、保険証やなんかを取りに走る。
ママと離れた楽久は、更に泣く。
俺の腕から逃れようと暴れて、手足が俺の顔や腹に当たる。
「楽久! ちょっと落ち着け」
「マーマーッ! マー――」
「そんなに泣いたら病院でチクッてされるぞ!」
「やーっ……」
ピタッと声がやんで、咄嗟の言葉の威力に面食らった。
楽久は注射が嫌いだ。
まぁ、好きな子供はあまりいないだろうけれど、楽久は病院で袖を捲られた瞬間に大泣きする。
「ちょっとチクッとするよ」なんて医者に言われようものなら、猿のように楽の膝から飛び降りて逃げようとする。
泣き叫びながらも「チクッと」にハッとしたらしい。
「いたいたない!」
必死の形相で俺に訴える。
「がく、いたいたない!」
頭が吹っ飛ぶ勢いで首を振る。
俺は楽久を膝に抱いてソファに座った。
「頭、ぶつけたのか?」と聞くと、小さな両手を伸ばして、自分の頭を抱えた。
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