番外編*クラス会

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*** 来客 *** 「はぁ……」  客のいない『エデン』に俺のため息が響く。 「何回目のため息だよ」と、昌幸さんもまたため息をついた。 「楽ちゃんと喧嘩したとは思えないんだけど?」 「しませんよ、喧嘩なんて」 「じゃあ、なに?」 「楽久に楽を独り占めされてツラい……」  カウンターに突っ伏す。 「欲求不満か。やめてくれない? 独り身には贅沢な悩みでしかないけど」 「独り身って……」  楽久が一歳になった頃、昌幸さんの弟の昌臣くんが大学を卒業し、東京の企業に就職した。 『エデン』にいる時の彼はおちゃらけた若者でしかなかった昌臣くんだが、実はかなり優秀らしく、すんなりと大企業に就職を決めた。  その時に知ったのだが、昌幸さんも三年前までは東京の大手企業に勤めていたという。  が、おばあさんが他界し、この店を継ぐためにあっさりキャリアを捨てて帰って来た。  聞いた時には、驚いた。  昌幸さんが勤めていたのは、明堂貿易も取引のあった日本有数の製薬会社。  そこを辞めてレトロな喫茶店の店主になるなど、普通では有り得ない転身だ。 「昌幸さんは、いつまで彼女を待つんですか?」 「ん? なに、藪から棒に」 「いや、なんとなく……」  昌幸さんには待っている女性がいる。  詳しい事情は知らないけれど、それだけは教えてくれた。 『愛する女性がそばにいることは、当たり前じゃないよ』  そう言った昌幸さんの寂しそうな表情に、胸が締め付けられた。 「まぁ、でも、その様子だと、相当参ってるみたいだね」  香ばしい香りに顔を上げると、昌幸さんがコーヒーを淹れてくれていた。  俺用のカップを差し出され、一口飲む。 「松尾さんにお願いして、二人の時間を作ったら?」 「ただでさえ、仕事の時は預かってもらってるから、申し訳ないって」 「楽ちゃんらしいね」  昌臣くんが就職するタイミングで、楽がアルバイトとしてこの店に戻った。  とは言っても、ランチタイムの十時から十五時までで、楽久の機嫌を見て都合が良い時だけでよいと言われている。  けれど、責任感が強い上に、仕事が性に合っていて楽しいと言う楽は、基本的に週五日、きっちり働いている。  もちろん、その間は俺が楽久と一緒にいるのだが、どうしてもその時間に仕事をしなければならない時は、松尾さんに楽久を預かってもらっている。  松尾さんは本来、兄さんとこの双子のシッターなのに、楽久の世話までは本当に申し訳ないと楽は気にしていた。  当の松尾さんは、「楽久ちゃんはとってもいい子だから、全然大変じゃないのよ」と言ってくれているが。  祖父母を知らない楽久にとっては、松尾さんと(ひじり)先生がそれのようなもので、二人も楽久を孫かひ孫のように可愛がってくれている。  どうしても楽久が楽と離れたがらない時は、こうして俺が代わりに来ている。  俺もまた、学生時代のバイトを思い出して楽しんでいるし、在宅での仕事ばかりでは身体が鈍るからちょうどいい。
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