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今日に関して言えば、俺にしては最悪のタイミングで目を覚ました楽久は、すっかり目が覚めて眠れなくなり、楽の膝の上でアニメを見ながらクッキーを食べて、寝付いたのはそろそろ新聞が届こうかという頃。
起きていても何もすることのない俺は、昼間は楽を休ませてやるつもりで眠った。
案の定、楽が目を覚ましたのは俺が家を出る時で、変な時間に眠ったせいか、まだぼーっとしていた。
「クラス会に……行きたいんですけど」
「クラス会?」
「はい。来月、東京で高校時代のクラスメイト同士の結婚祝いを兼ねたクラス会があるんですよねー」
「いいじゃない。その時くらい、松尾さんにお願いすれば」
「けど、楽久、お泊りはしたことないんですよ」
そうなのだ。
なんせ、兄さん家は同じマンション内で、遊び疲れて眠ってしまった時も抱いて帰れる。その為、楽久は外泊をしたことがない。
普通は、初めてのお泊りは祖父母の家なんだろうが、楽久にはいないから。
それは双子も同じで、自分の家以外で、みちるさん以外と眠ることはないという。
「何事にも初めてがあるからね。今回を初めてにしたらいいんじゃないかな。泣いても泣き疲れて眠るんだろうし」
「俺はそうしたいんですけどね……」
カランッとベルが鳴り、俺はハッとして立ち上がった。
十四時を過ぎてまったりしていたが、店はランチタイム中だ。
「いらっしゃいませ」
品のある美男美女のカップルのご来店。
年は、三十代半ばだろうか。
男性はグレーのリブTシャツにジーンズ。女性は水色のワンピースを着ている。
心なしか、見覚えがある。
さて、どこでだろう。
「お好きなお席へ――」
「――蒼?」
俺のカップを片付けていた昌幸さんが、言った。
「久し振りだな」と、男性。
昌幸さんがカウンターを出る。
「どうしたんだよ、こんなところに来るなんて」
どうやら知り合いのようだ。
ん? 蒼?
……あ!
「咲の実家に来たから、寄ってみた」
「連絡くらい寄こせよ」
「人のこと言えんのかよ」
男性が、蒼。女性が、咲。
T&Nホールディングス社長の築島蒼と、奥様でT&N観光の副社長の咲。
俺は二人を知っている。が、二人が俺を覚えているとは限らない。
蒼さんをじっと見ていたら、後ろに立つ咲さんと目が合った。
恐らく、咲さんも俺に見覚えがあると記憶を手繰り寄せているのだろう。
俺は彼女にペコッと頭を下げると、この場は昌幸さんに任せて、俺は水を取りにカウンターに向かう。
が、「あ!」と言った咲さんの声に、思わず足が止まった。
蒼さんと昌幸さんが話を止める。
「咲?」
「ごめんなさい。思い出したら声に出しちゃって。あの、明堂さんですよね?」
「明堂?」
「え? 悠久くん、知り合い?」
三人の注目を浴び、俺は入りかけたカウンターから戻った。
「憶えていてくださって、恐縮です」
「いえ、こちらこそ」と、咲さんが微笑む。
蒼さんの方はピンときていないようで、俺を凝視している。
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