第1話 きらいなあいつは和菓子王子

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第1話 きらいなあいつは和菓子王子

 新学期が始まって間もない、五月の半ば。  春うららと言えるのどかな風が窓から舞いこみ、その先には生徒たちの笑顔と楽しげな声があふれていた。新しい生活に、みんなようやく馴染んできたのだ。  そんな平和でのほほんとした雰囲気の廊下を歩いていたら、向こう側から歩いてきた人物に気がつき、私はハッとして身を引きしめた。  それは向こうも同じだったようで、私と目が合うと少し緊張したような顔をする。進む歩を止めて、私は彼と向き合った。  しばしの沈黙ののち──口火を切ったのは、相手の和臣(かずおみ)だった。 「何だ。やたら甘ったるい匂いがすると思ったら、やっぱり蜜花(みつか)だったのか」  どこかいじわるな言い方にカチンときた私は、見上げて腕を組んだ。 「これはお店で使ってるハチミツの匂いだって、何回言ったらわかるの。あーあ、これだから記憶力のない男はダメね。何度言っても、覚えやしないんだから」 「はぁ? お前中学での最終テスト、俺より順位低かったじゃないか」 「なっ……何で私のテスト順位知ってるの! やだ、ストーカー?」 「そんなわけないだろ、うぬぼれ女」 「何よ! この背だけが取り柄の、のっぽ男」 「キーキーうるさいなぁ。これだからモンキー女は」 「髪が短いだけで、人を猿呼ばわりするな!」  対峙する私たちの横を素通りする生徒たちが「あーあ、またあの二人か」「毎日よくやるよなぁ」とあきれながら話しているが、仕方ない。これはもう入学式以来恒例となってしまった、日常茶飯事なのだから。  私は腕を組んで、ふんぞり返った。 「あーあ。桐生(きりゅう)屋もかわいそうね。跡取り息子がこーんな意地の悪いやつじゃ、今までのお得意さんも愛想をつかすんじゃないの」  と私が言えば。 「お生憎(あいにく)さまだね。お得意さんたちは俺のことも、じゅうぶん可愛がってくれてるんで。そっちのハニーポットこそ良かったな、弟の瑛太(えいた)がいて。瑛太はいい子だよな、ニコニコしていて腕も立つし。欠点なのは小うるさい姉がいることくらいかぁ」 「な、なんですって〜!」  和臣のやつも倍にして言い返してきたので、私の怒りのボルテージはますます上がる。  そう。私、小坂井蜜花(こさかいみつか)は洋菓子店『ハニーポット』の娘であり、桐生和臣(きりゅうかずおみ)は和菓子の老舗『桐生屋』の一人息子なのだ。  同じ商店街にある近しい店なのだが、親の代からお互いをライバル視している、因縁の相手だ。  お父さんから「桐生屋で買い物をするな」「あそこの息子とは仲良くしてはいけない」と言いくるめられて、早十六年。小学校も中学校も同じだったが、お父さんの言いつけどおり、仲良くなることはなかった。  それは何も、私がお父さんの言いなりになっているからというわけではない。相手の──和臣の性格が、すこぶる悪いからだ。  会えば私をからかい、いじめるばかり。どうしてきらいになれずにいようか。それなのにまさか、高校まで同じになっちゃうなんて……腐れ縁にもほどがある!  あと、和臣に関して気にくわないことは、まーだある。それは……。
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