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ギャムレットは男にかわいがられ、とても幸せです。 しかし男の方は、ギャムレットが来てからは仕事がクビになり、詐欺にもあってお金がすぐになくなってしまいました。 男は自分が食べるものにも困りだし、ギャムレットにごはんをあげることができなくなってしまいました。 いよいよ最後となったパンを手に取ると男はギャムレットを見ました。 「かわいそう、こんなにやせてしまって。ほら、食べなさい」 男はぱんをちぎってギャムレットにほうりました。 しかしギャムレットは食べません。 ギャムレットは「おなかなんか空いてないぞ」といったふうに毛づくろいをはじめてパンには見向きもしません。 ギャムレットは男がやせ細っていくのを見ていました。 男が仕事をクビになったことも、お金を失ったことも知っていたのです。 ぜんぶ、ぼくのせいだ。 ギャムレットは最後のパンを、ぜんぶ男に食べてもらいたかったのです。 男はじぶんがひどく空腹なのにもかかわらず、パンを与えてくれた。 それだけでギャムレットはこころがいっぱいでした。 しかし男はついに、力尽きて倒れてしまいました。 ギャムレットはとても悲しみました。 とてもたくさん泣きました。 またひとりぼっちになってしまったギャムレットはやせ細り、かわいそうに思った通りすがりの少女に拾われました。 ギャムレットはあたらしい家族の一員になりました。 でもギャムレットは貧乏神なのです。 新しい家族もみるみるうちに貧乏となり、一家は食べるものも家も失い、病気になってみな死んでしまいました。 ギャムレットは悲しみます。すこしまえには太りはじめていた体もまた痩せ細り、さまようように歩いていると心優しい少年に拾われました。 ギャムレットは自分が貧乏神だとわかっていましたが、それでも、人と居たかったのです。ギャムレットは、こんどの人たちはきっと大丈夫だ、と自分に言い聞かせて少年に連れられ、あたらしい家族のもとに行ったのです。 でも、ギャムレットの予感は外れました。 その家族もまた貧乏が原因でみんな死んでしまいました。 おいおいとギャムレットは夜中まで泣くと、日が昇るまえに再び教会へと足を運びました。 そこでかみさまに話しかけました。 「かみさま、どうしていつもぼくの家族は貧乏になってしまうのですか?」 「それはおまえが貧乏神だからだよ」 「ぼくはもう貧乏神はいやなのです」 「それはできない。お前は貧乏神であり続けなければならない。お前もそれを認めたではないか」 それを聞いてギャムレットは大粒の涙をぽろぽろ流して泣き出しました。 かみさまは困ってしまっておろおろと、ギャムレットを慰めようと声をかけます。 「よろしい。では、お前を貧乏神から変えてやろう」 「ほんとうですか!?」 「ああ。お前はもう十二分に貧乏神を演じたといえるだろう。ではお前は何になりたい?」 そのときギャムレットは思い出していました。 自分が貧乏神だったせいで、家族のもとからお金を奪ってしまい、家族の人たちがお金をとてもほしがっていたことを。 お金。お金があれば幸せになっていたんじゃないか? ギャムレットはそう思いました。 そして、お金をあれほどほしがっていたのだから、もしお金があったらとても大事にするだろう、とそうも思いました。 「かみさま、ぼくはおかねになりたいです」 「よろしい。ではギャムレット、今からお前はお金だ」 かみさまがそういうとギャムレットはお金になりました。 ギャムレットはそれからお金として生きました。 ギャムレットはいつも、人々を笑顔にしました。 子どもも、おとなも、老人も、ギャムレットのことを好意的に受け取りました。ギャムレットが多いところにはそれだけ、笑顔も多い気がしました。 ギャムレットは満足しました。 ギャムレットは実に多くの人に飼われ、ギャムレットの飼い主も家族も不幸には見えなかったからです。 それから何年も、何十年も、何百年もたちました。 すると少しずつ、ギャムレットは自分の扱いが、自分の存在が変化していることに気づきました。 人々は、ギャムレットをめぐって争い、ギャムレットが原因で喧嘩をしました。 ギャムレットはそのたび泣き出しそうでしたが、涙を流すための目も、泣くための口も、そのときにはすでにありませんでした。 いつしかギャムレットは、じぶんが死神であったときよりも、貧乏神であったときよりも、自分が多くの、大勢の人を殺してしまったことに気づきました。 ギャムレットはそれに気づくととても悲しみましたが、ギャムレットにはどうしようもありません。 あるときギャムレットは死神となった後輩の猫さんに会うと、こう言われました。 「きみはとても幸せそうだね」 とんでもない! そうギャムレットは思いましたが、声を発する口はもうありません。 それでも死神の猫は続けます。 「きみをたくさん持っている人間は、いい物を食べ、いい家に住んで、とてもいいものを着ている。きみをたくさん持っている人間は健康でもいられるのだからこっちの商売は上がったりだよ」 死神の猫はぷんぷんして言いました。 そうかな?とギャムレットは思いました。 ギャムレットは、はたして自分が人間を幸福にしてきたのか? 自信がなかったのです。 そこでギャムレットは再び教会へと行くと、かみさまに願いました。 かみさま、どうかもうお金をやめさせてください。 「どうしてそう思うのだ?」 神様は答えます。 ぼくが人間を幸せにしたのか分からないからです。 「そうか。よろしい。ギャムレットよ、お前は十二分にお金を全うした。その願いをかなえてやろう」 ギャムレットとお金はそこで消えました。 世界中からお金が消えました。 お金という存在のみならず概念もまた消えてしまったのです。 人々は最初、戸惑いましたが、それでも生きていかなければなりません。 ところでギャムレットは次に、再び猫になりました。 しかしこんどはただの猫です。 ただの猫となったギャムレットは当てもなく、町をふらふらと歩いていました。にぁー、とも鳴きました。久々に出した自分の声にもギャムレットは満足げです。 にゃー、にゃー。鳴きながらギャムレットは歩くと、前をしっかり見ていなかったので小さな子どもにぶつかってしまい、子どもはギャムレットを抱き抱えました。 ねえママ、この猫を飼っていい? 子どもはふりかえって母親を見ました。 母親は子どもが抱えているギャムレットに目をやると、可愛らしい猫に思わず頬をゆるませます。 ええ、いいわよ。でもちゃんとお世話できる? うん!ぼく、ちゃんと面倒見るよ! 親子に連れられて、ギャムレットはただの猫として、あたらしい生活を歩みだすことになりそうです。 お金の存在しない世界において。 この世界には、お金はありませんが、人間という存在はありました。 そしてこの世界は、神様から見て、人間はありませんが、お金はあったのです。
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