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「『ホテル万華鏡』……」
萩原よしのはそのホテルの名を声に出して読んでみる。
中華街の表通りに建つ割に、なぜか今まで存在に気付いたことのなかったそのホテルは、大きな看板も出ておらず、古びた擦りガラスのドアにその名が刻まれているだけだ。
「ねえ、よしのちゃん、やっぱりいいよ。怪しいから」
後ろで尻込みしているのは、会社の先輩OLである海棠眞里絵だ。
「眞里絵さん、大丈夫ですよ。怪しいけど、ホテルって書いてあるし、それに顔色真っ青ですよ。そんなんで帰らせたら、あたしまた海棠さんに怒られます」
「ちょっと待って。『また』って、なにか言われたの?」
「……『ひと回り違うんだから、一緒に出かけるのはいいがお手柔らかにな』ってこの前会った時言われました」
「あの人は……」
「だから、ここでちょっと休ませてもらいましょ?ロビーで座らせてもらうくらい出来ますよ」
眞里絵の返事を待たず、よしのは年季の入っていそうなドアを開けた。
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