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大丈夫だ、と言ったのは自分だが、なにかヤバいホテルに来てしまったのではないか、と思っていると、バタン、と堤の目の前でドアが開いた。
「あ、痛……」
鼻を押える彼を余所に
「おい!堤とかいう支配人!」
と、呼ばわりながら出て来たのは見覚えのある四十がらみの男だった。
「……海棠さん!?」
「あ?」
よしのの声に振り返った海棠は、そこに居る堤と、彼に手を取られた妻に気付いてあんぐりと口を開ける。
「な……」
「海棠様、なにか不都合でもありまし」
「……テメェ、なに気安くうちの女房の手握ってんだ!」
言うが早いか、彼は引っ手繰るように妻の手を堤から取り上げる。
「というか、なんでお前らがここに居るんだ!銀座に行くって言ってただろうが!」
口を開こうとしたよしのを留めて、まだ白い顔をした眞里絵が夫の袖を引く。
「あの、落ち着いて。そのつもりだったんだけど、……電車が架線故障で止まってて、中華街なら地下鉄で行けるから、ってことで……」
「それで、お昼食べようと思ったんですけど、今日に限ってどこも一杯で入れなくて、ここの前まで歩いて来たら急に眞里絵さんが具合悪くなって……」
「それでドアに真っ青な顔でもたれていらしたので、私が手を取って差し上げたということで」
「お前には聞いてねえ!」
よしのの言葉を勝手に引き継いだ堤は、失礼いたしました、と口にチャックを引く真似をする。
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