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 案内されるまま客室に入ると、サイドボードにはカチコチと鳴る置時計、黒電話、古めかしい調度に囲まれたツインルームの隅にはアンティーク調の椅子が二つとテーブルがひとつ。声を聞いて頭に浮かんだ人物がそこには居た。 「……直……?」  困ったような笑みと共に椅子から立ち上がったのは、既にこの世には居ないはずの恋人、露木直だった。 「直君が?」  別の客室に通され、堤に冷たい水を届けてもらった頃には、眞里絵の顔色もいくらか赤味が戻っていた。  椅子にかけた彼女の前には夫の海棠誠慈。傍らにはトレイを提げた堤が立っている。眉を寄せて海棠は懐から一枚のハガキを取り出す。 「先月、ポストにこれが入ってた。……読めるか?」  眞里絵には裏も表も真っ白な、隅に小さく『ホテル万華鏡』の文字が印字されているだけのハガキに見える。 「……いえ」 「そうでございましょう。そちらは当ホテルの企業秘密でございまして、お送りした方だけに」 「ごたくはいい」  ドヤ顔の堤をぴしゃりと海棠は黙らせ、話を続ける。 「内容は、露木直という客が俺に会って話がしたいと言っている、と。今日十一時にこのホテルに来て欲しい、というものだ。露木直はもう死んでいる。……けど、俺の眼から見ても住所も無く宛名だけで届くようなハガキを送りつけるホテルだ。ただのホテルじゃねぇんだろうと思った」
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