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家に帰ると、玄関にはジロの靴の横に女物の黒い靴があった。サイズはかなり小さい。そしてそれは、俺が知る限り初めてのシチュエーションだ。
はぁ、もうそんなお年頃か。
弟の成長に、兄ちゃん涙が出ちゃうよ。
ジロの部屋は2階。早くレコーディングがしたくて帰って来たのは確かだけど、流石に思い出の初体験を壊すほど野暮では無い。俺だけこっそり地下の防音室に行けば、最中の2人には気づかれないだろう。ほら見ろ、俺だってこれくらいの気は遣えるんだ。
…でもあいつ、ゴム持ってんのかな。差し入れしてやるべき?うーん、何て優しい兄ちゃんなんだ。俺。
とりあえず机の上に置いてあった桃の缶ジュースを飲み干しながら、下世話な気持ちで耳をそばだてる。
しかし、音が聞こえてきたのは階下からだった。
………おい。
思わず、缶をぐしゃりと握りしめる。
ベッドが軋む音を期待した俺の耳に聞こえてきたのは、地下の防音室から漏れてくる2種類のベースの音だった。一つはジロの、もう一つは、安っぽくて到底ベースにすらなってない、ノイズのような代物。
その2つが、まるで輪唱のように、馬鹿みたいな基礎連を重ねている。コツコツ、コツコツ。
何故かわからないけれど、ものすごく腹が立つ。
俺のジロと、勝手に何してるんだ?しかも聴くに値しない、不細工な音で。
才能のない奴と音楽をやると、興が醒める。興が醒めるということは、想像力が濁るってことだ。高校生の仲良しごっこならベッドでやってくれ。ジロもジロだ。どんなつもりでそんな偽善的なことを。
ほぼ躊躇せずに階段を下って、俺は勢いよく防音室のドアを開けた。
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