【短編】クヴァルダは何処だ

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 俺はあのライブの日、鼻についた匂いを消したくて、のこのことライブを聴きに来ていたちゃんを厄介払いしようとした。  いや違うな。正確に言うとまぁ、1番良い形になれば良いと思って、フロアで1人になっていた姿を見かけて会話に誘った。  下北沢の街灯の下で白いガードレールに座りながら、2人で甘い甘いコーラを飲んだんだ。  例えば。ももかちゃん…ジロの彼女がしてくれれば、俺とジロの音楽は邪魔されないし、デザート()も食べられる。俺、甘いもの好きなんだよね。それに、俺とジロは多少顔も似てる。君が俺でも良いならジロは俺に譲ってくれ。ダメなら半分こでも良い。  そう、思ったんだけど、ももかちゃんはそんなに甘くは無かった。  世間話をしていたら、なんだか知らないけど顔を真っ赤にして、こう言ったんだ。 『……私は、私のやり方で、赤鬼くんを大切にします!あなたに言われなくても。…あなたにはわからなくても!』  …大切に、する?  ……なんでそうなる?  君の言う通り、言ってる意味がよくわからない。だって今は、君と俺が何を欲しがってるかって話をしていたはずなんだけど。それなのにこの間よりももっと、心がザワつく。  ジロが突然連れてきた君の存在は、いちいち俺の癇に触る。  俺が足りないって、そんなのわかってる。  でも足りてないのか、わかんねぇから、だからこうして 『おい、テトラぁぁぁ!!!』  気付けば、すごい怒鳴り声と同時にジロが飛び込んで来て両手で胸ぐらを掴んだ。まぁ、俺のほうが背が高いしビクともしないんだけど。  目の前にある、怒り狂った瞳の奥を冷静に覗く。  俺がももかちゃんと2人で話していることに気付いて、よほど心配になったらしい。他人のためによく怒れるね?ジロのそういうとこ、偉いと思うけど。  その瞬間まで、そんな感想しか持ち合わせていなかった。でも。  驚いたことに、その眼の中に初めて、  "痛い"  という感情を見た。  怒っているのに、苦しんでいる。  ジロの目の中には、俺が映っている。でもその奥は明らかに、誰かを失いたくない想いで、ひどく痛んでいて。  思わず俺まで、泣きそうになったんだ。  それは、俺の中にすとん、と、理解を産んだ。  あぁ、そうか。俺が好き勝手やると、大事なジロがのか。  それは、嫌だな。  たった、それだけの気付きで。きっと多くの人にとってはそれが普通だったのかもしれないけど。  俺には、大事な一歩だった。
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