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◆◆◆◆
真夜中、倉庫の暗闇の中で何か苦しそうな息遣いを聞いた気がした。
矢島は上体を起こした。
隣に寝そべる会長の息が上がっていた。
「おい、どうしたよ」
慌ててその身体に触れた。
体温が異常に低くなっている。
「寒いのか?」
確かに時期は3月で、ここは倉庫で断熱性なんかもないが、会長は温かそうなダッフルコートを着ていたし、学ラン姿の矢島はそこまで寒くなかった。
慌てて自分が来ていた学ランをかけてやる。
そのとき、ぬるっとしたものが指に触れた。
「おい。お前、何だよこれは……!」
矢島が叫ぶ。
「お前、刺されたのか??」
「刺されたというか」
震える声がやっとのことで話し出す。
「ここに来るときに脅されたんだ、首元にナイフを当てられて。その男の手元がくるったのか、けっこう深くまで切れてしまって」
一瞬だけ見えた丸まった後ろ姿。あのとき、矢島に見えないように必死で首を隠していたのか。
「おい。早く言えよ!!」
「言って、どうなることでも、ないから、な」
「馬鹿野郎!!止血しなきゃだめだろ!!」
学ランで首元を強くおさえる。
低体温症かと思ったが、これだけの量を出血しているとなると―――。
―――出血性ショックか。
喧嘩三昧で、病院通いも病院送りも増えると、嫌でもそういう知識がついてくる。
輸血のない状態で血が出続けるとやばい。
しかもすでに呼吸困難と低体温状態になっている。
矢島は首元をおさえながら叫んだ。
「おい!!!!誰か!!!いないか!!!!」
スマートホンは盗られている。
声の限りまた叫んだ。
「おい!!!!」
「だめだ……よ、矢島」
会長が口を開く。
「ここら辺は民家なんかなかった。廃工場だし、こんな時間に、誰も来ない」
「くっそ!!何かないか、何か!!」
倉庫の中を動き回り、手さぐりにモノを探す。工具か斧か、金づちか。何かこの倉庫ごと破壊できるようなものはないか。
しかし手を伸ばしても伸ばしても、倉庫は空で、古くなり湿気で腐った木の棚があるだけだった。
「ーーー痛っ!」
ささくれたそれが、指に刺さる。
「矢島……」
名前を呼ぶ会長の身体を、少しでも血行が良くなるようにと強く擦る。
「こんな暗闇の中に、一人にしてごめんな」
「うるせーよ」
「大丈夫だからな。俺がついてるから」
矢島は見えない会長の顔を睨んだ。
「うるせー!黙って生きろ!!」」
会長の小さな体は、次第に震えなくなった。
息もいつのまにか上がらなくなった。
少しずつ、少しずつ身体から力が抜けていくのがわかった。
「おい!会長!チビ!!起きろ!!」
意識が薄れていく会長のために、叫んだ。
だが、彼の返事を聞くことは、
もうなかった。
翌朝、笑いながら倉庫を開けにきた奴らを、どうやって完膚なきまでに叩き潰したかは覚えていない。
気づくと停学処分になった矢島は、病院のベッドの上で寝ていて、隣には歯のない親父が笑っていた。
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