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宮城有紗は、空調の整った教室に入ると、安堵のため息を漏らした。
良かった。もし冷房さえなかったらと危惧していたが、今の時代、山中の林間学校でも空調設備は入っているらしい。
城西高校を出発してから2時間半、有紗たちは県外れの標高900メートルの山中にある、椴山林間学校に到着した。
市内にある白鷲山にも宿泊できる教育研修施設はあるのだが、充実しすぎた設備ゆえに、ボツとなったらしい。
確かに、【4ヶ月後にセンター試験を控えた志望校への判定が低いメンバーに、本当に入りたい大学に合格するための特別講習】という長たらしい今回の夏期講習のテーマからすれば、7つの温泉やカラオケ、ゲームコーナーなんかは邪魔なだけかもしれない。
―――でも。温泉くらい入りたかったな。
「出席番号順に座ってー」
若い女教師、堀内栞の張り上げた声を聞きながら。憂鬱な気分になる。
「えー。出席番号ー?」
授業中は制服で過ごすように指示があったのに、部屋に荷物を置いた途端に運動着に着替えた猪股桂一郎が、早速抗議の声を上げながら、黒板に貼られた座席表を覗き込む。
「俺、窓際の後ろがいいなぁ。げ。廊下の後ろ。つまんねーよ、栞ちゃーん」
栞ちゃんと呼ばれた堀内は、大柄な体に似合わず唇を尖らせて見せた。
「勉強するのに席は関係ありませーん!先生と黒板が見えればいいんですー!」
「じゃあパンチラとか胸チラとか期待してっから」
猪股が座りながら言うと、数人の男子が下卑た声で笑った。
言われた堀内はというと、浮腫んだ手で拳を作って頬を膨らました。
―――イラつくわー。勘違い女。
有紗は窓側の席に腰を下ろすと、足を組んだ。
男子たちが堀内を“栞ちゃん”と呼ぶのは、愛情表現でもなければチヤホヤしているわけでもない。詳しくは知らないが、グラビアアイドルに柿崎詩織というデブ専のアイドルがいて、その豊満すぎるボディに埋もれたい男たちの間で密かに人気らしい。
それを見つけた男子が教室の黒板に貼りだしてから、嘲笑の的となり、校内の、特に3年生の男子からは嫌味を込めた“栞ちゃん”の呼び名が定着したのだ。
面白くないのは、それを当の本人が理解せず、まんざらでもない様子で喜んでいることだ。
有紗は体型に似合わず一丁前にしなを作っている栞を睨みあげながら頬杖をついた。
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