プロローグ

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プロローグ

 俺はマフィアの下っ端だ。今日初めて拳銃で人を撃った。狙いが外れて、殺せはしなかったが、撃った。横から上司が一発、俺が狙い損ねた相手のこめかみをぶち抜いた。 「ビビってんじゃねぇよ。ヘタクソが」  ケッ、と唾を吐くと上司は何処かへ電話をかけた。俺は上司の言った通りビビっていた。ビビっていたせいで狙いが外れ、腰が抜けて尻もちをついている。 「ああ。……ああ。……ああ」  上司はほとんど『ああ』という頷きを言葉にしたような単語だけで会話をしていた。そんな上司の言葉を理解出来ているであろう電話の向こう側の人物が気になる。この人の隣にいる自分ですら分からない事が多々あるというのに。  俺は視線を上司から移し、たった今死んだばかりの死体に目を向けた。  死体は──ターゲットの息子は、俺が撃った弾丸を左脚の太腿に一発。上司の撃った弾丸が一発、右のこめかみから真っ直ぐ入り、左のこめかみから抜けていった。俺を殺すために手に取ったナイフは、持ち手の右手が力なく握っている。握るというより、殆ど添えられているのと同じだ。流れる血と生気のない見開かれた目を見ていたくなくて目を逸らし、逸らした方向に上司が居た。好奇心で聞き耳を立ててみると、微かに電話相手の声も聞こえた。 『いつものコースで宜しいですか?』 「ああ」 『かしこまりました〜』  陽気な声でそう告げると、電話はプツリと切れた。あんな声の奴がこの上司とどういう関係なのだろうか。コース?いつもの?上司はどこかの店の常連なのだろうか?だとしたら、その電話はその店への予約なのだろう。もしかしたら、俺に奢ってくれるつもりなのだろうか。 「あの……今のは?」 「てめぇが気にすることじゃねぇ」  変わらず吐き捨てるように上司は俺に言った。 「お店ですか」 「気にすんなっつったろ。聞くなって言ってんだよ」  上司は黒い手袋を着けた手で頭を二、三度気まずそうに掻くと、「チッ、かけなきゃ良かったぜ」と小声で呟いた。  そんな上司の言葉を頭の片隅に保存し、電話相手がどんな人物なのかを想像する。  お店なのは間違いないだろうな。コースと言っていたからレストラン……マッサージ店という線も捨てきれない。電話相手──仮にそう呼ぶとして、随分若い声の男だったが、そんな奴がどういう経緯があればこの職業に付く上司と知り合いになるというのか。もしかしたら、上司が知り合いなのは電話相手ではなく、電話相手の上司と知り合いなのかもしれない。  俺は現実から目をそらすように頭を別のことへ回転させた。  それからしばらく、死体をそのままにお互い無言でその場に居ること十数分。倉庫の扉がガコッと重たい音を立てて開いた。 「どうも〜死体を回収しに参りました〜」  入って来たのは至って普通の人間だった。旅行カバンをガラガラと引いてきた、オレンジ色の作業服に白い軍手をした黒髪黒目の人間。自分と同じ、一般的で典型的な日本人。お互いの違いと言えば服装やら職業やら学歴やらしかないと言えるほど、自分と大差ない人間だと思えた。  これは俺の第一印象に過ぎないだろうが、入って来た人物がこれから何をしようと、俺を上回ることは無い。俺が驚くような行動は出来ないだろうと確信した。それ程までにこいつが俺に与えた第一印象は普通過ぎた。例え『死体』をどうのこうのといった言葉を口に出されようとも。 「早かったな」 「だから言ったじゃないですか〜近くまで来てたんですよ〜」  そいつは慣れた手つきで死んだばかりの二人の死体をバラしていった。俺が仕留め損ねた息子の方から、ザクリ、ザクリ。分解していく。 「……な……にして……」 「ん?新人さんですか?」 「そうだ。初任務だったんだがな。仕留め損ねやがった」 「あちゃ〜でも大丈夫ですよ!そういう失敗、する人はするんで!」  “する人はする”。言い換えれば“しない人はしない”。そんな失敗。  そんな慰めにもならない言葉を、そいつは俺に言った。俺はただムッとするだけで、その言葉を、笑って言ってのけるそいつの顔から目を背けた。なんだか悔しかったから。そんなことを言ってくるこいつにも、いつも以上に口を開く上司にも。 「処理代は後で渡す」 「はいはい。ここからだとあの場所でいいですかね?」 「ああ」 「ほいほい。じゃあ一時間後にそこで」 「わかった」  上司はそいつにそう言うと「行くぞ」と言って上着を翻し、扉に向かって歩いた。俺は上司を追いかけながら、未だ死体を解体し、詰めるあいつを倉庫に残して。 「じゃあね新人くん」  上司を追いかける際、扉を閉めるか迷ったが、扉の中から聞こえた声に、反射的に振り返った。あいつは変わらず死体を片付けていたが、顔だけを向けて俺に笑顔でこう言った。 「生きて会おうね」  それから数時間後、俺は死にかけている。いや、死にかけているだけならまだいい。俺はこれから、“死んでしまう”のだ。絶対に。殺されるのだ。 「てめぇはクビだ」  数時間前まで一緒に仕事をしていた、この上司に。 「な、なぜ……ですか……」  倒れて尻餅をつく俺に、ズカズカと足を進めて近寄ってくる上司の手には、数時間前に上司のターゲットである男を撃ったものと同じ物だ。  黒い拳銃は上司が良く使っているもので、腕もピカイチ。狙った所を寸分たがわず狙い撃つ天才。若い身ながらマフィアの幹部の中で一二を争う実力者だ。銃だけでなく体術の腕も立つ。顔も良い。天から二物以上を与えられた人だ。  その人が今、俺の額に愛用の拳銃を押し当てている。俺の頭を撃ち抜くために。 「“何故”か?決まってんだろ。才能がねぇんだよてめぇには」  カチリ。上司が拳銃の撃鉄を親指で後ろに倒す。俺はそれをビビりながら見ているしかない。 「上からの命令で“活かして返すな”と言われているからな。表の世界に返すのは残念ながら無理だ。諦めな」 「い、いやだ──」 ──バンッ  一発の鉛が噴射された。百発百中。新人が拒絶の言葉を言い終わる前に、腕で頭をガードする前に、トリガーが引かれた。  上司が、自分が撃ち抜いた新人を感情の読み取れない目で見ていると、一人の男が入ってきた。トランクを持ち、黒一色のスーツに白い手袋を身に付けた、“黒髪黒目の地味な人間”が。 「生きて会えなかったね」  数時間前にも居た──【死体屋】が。
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