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ゴボウの花言葉
「最近、朝うちの前にゴボウが置いてあるんだよ」
その声が大きかったのか。戸崎健太の席にはクラスメイトによるいくつかの好奇の目が向けられた。
「は? ゴボウが置いてある? 何言ってんだお前」
自分の席で頬杖をつきながら話を聞いていた田中隼人は、クラスの声を大声で代弁した。
「だからゴボウ、ゴボウだって! よく食うだろ」
「それは分かっているよ、野菜のゴボウだろ?」
田中の声に戸崎は顔を縦に振る。どうやらクラスの視線に気づいたようだ。その顔には焦りの表情が見える。
「で、なんで家の前にゴボウが置いてあるか知りたいと」
田中はそう言い、戸崎の顔を舐め回すように見つめた。
「何かわからないか?」
戸崎の問いかけに田中は困り顔で自分の頭髪を掻き毟った。
「高校入学から早四ヶ月。戸崎くんは大層な悩みを抱えているね」
皮肉めいた田中の返答に、戸崎は少し頭に来た。
「そうだよな、いくら頭が良くても人様の家の前にゴボウ置くやつなんて分からないよな」
その戸崎の一言が田中のプライドに火をつけた。田中は軽く鼻を鳴らし、席を立ち上がった。
「まっ、解決策はあるけどな」
その一言を待っていたかのように、戸崎はさっきまで暗雲立ち込めていた顔を明るくさせた。
「どんな解決策?」
その戸崎の問いに、田中はさっきよりも大きく鼻を鳴らした。
「毎朝ゴボウを置いていくんだろ? だったらそのゴボウに何かあるかもしれない。古典的だけどまずはそのゴボウについて調べよう。置いてあったゴボウはどこにある?」
田中の問いに、戸崎は少し照れながら自分の腹を指した。田中がその意味を理解するのに一秒もかからなかった。
「もう実食済みって訳か。よく外に置いてあったもの食べれるな」
「貰えるものは貰っておかないとね」
「しょうがない。だったらこの後の昼休み図書室に行こう。ゴボウに対する情報を集めるんだ」
「お、何か乗り気じゃん」
「お前が持ち出した話だろう」
「そうだったな」
ちょうど二人の間で話がまとまると。
「はーい、皆んな注目! これから椎野ちゃんの好きな人を発表します!」
クラスの中でも一二を争う美貌の持ち主。村瀬の声が教室の中に響いた。戸崎と田中が自然に目を向けると、村瀬は胸を大きく張りながら教壇の上に仁王立ちしている。
誰にも有無を言わせないような風格がそこから発せられていた。普段は持ち前の声量で視線を集める彼女も、今日は違うやり方で注目を集めているらしい。
「あ、あの村瀬ちゃん恥ずかしい」
顔を真っ赤に染めた小柄なショートボブのメガネ少女。椎名優衣が村瀬と教壇の間に割り入ってきた。
彼女の表情を見るに、今から想い人を発表される人は十中八九彼女だろうとクラスの大半は確信している。
しかし当事者の椎野以外誰も村瀬の事を止めようとしない。それどころか二人には興味の目が沈黙と共に向けられていた。
そんな視線が背中を押したのか、村瀬は顔に笑みを浮かべ、大きく深呼吸した。
「椎野ちゃんの好きな人は〜」
大きく間延びしたい語尾で場を濁す村瀬。クラスは休み時間なのにも関わらず、鎮まりかえっていた。
「あああ!」
目に溜めていた大粒の涙目にを振り撒きながら、椎野は大声で村瀬の声を遮った。
「ちょっともう何〜せっかくいい所だったのに〜」
落胆する村瀬。その脇にはヘナヘナになって地面に座り込む椎野の姿があった。
「あはは、椎野ちゃんなんか泣きそう〜」
村瀬の無理矢理な明るい声をきっかけに、クラスはいつもの雰囲気を取り戻した。戸崎と田中もそのタイミングで話し始める。
「なんかあれ、ちょっと嫌じゃない?」
そう小さく呟きながら、戸崎は教卓の方に哀れみの目を向けた。
「確かに不愉快だな」
カバンから国語の教科書を取りだし、田中は短く答えた。
「なんか他人事だね」
嫌味も皮肉もないただの純粋な意見に、田中は眉一つ動かさずにただ機械のように答えた。
「だったらお前が止めに行けばいいだろ。俺は嫌だけどな」
「俺だって嫌だよ。皆んなに変な目で見られそうだし」
「誰だってそうだ」
その田中の言葉を皮切りに、教室には次の授業を知らせるチャイムが鳴り響いた。
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