図書館

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図書館

 「なんか、俺って図書館みたいな所苦手なんだよな」 昼休みも半ば。図書館に向かう道中で田中は口を開いた。 「陰気って言うのか? なんとなく雰囲気暗いよな」 図書館のあの雰囲気が好きな戸崎にとって、今の田中の発言は少しムッとするところがあった。 「だって図書館は静かにしないとダメじゃん」 珍しく少し声を荒げた戸崎に、田中は驚愕の表情を浮かべ戸崎の顔を覗く。 「何だよ、そんなムキになるなよ」 「別に怒ってないし」  二人の間に少し気まずい雰囲気が流れる。そのまましばらく歩いていると、いつの間かに図書室が視界に入ってきた。 さっきまでの雰囲気を一蹴するように、田中が明るい声色で口を開く。その声からさっきの不満は一切感じない。 「まっ、今回の目的はゴボウの調査だ。ぐちぐち言っていてもしょうがないし、行こうぜ」  さっきまで愚痴っていた男の姿はもうどこにも見当たらない。田中は勢いよく図書館の扉を開けた。  図書館の中は思っていた通りか、静かな空気で満たされていた。確かに豪快な性格である田中には似つかわしくない場所だ。 「けっ、どいつもこいつもメガネ野郎ばかりだ。さっさと用事を済ませようぜ」 そう言い、田中は静謐な空気あふれる空間を大股の歩みで進んでいった。 「ごぼう、ごぼう、あった!」 「おっ、見つけたか!」 戸崎の両手に握られている分厚い植物図鑑を見た田中は、歓喜とも取れない表情を顔に浮かべた。 「まじでここカビの臭いしすぎ。さっさとテーブルの方行こうぜ」  田中に促されて向かったテーブルは椅子四つに横に長いテーブルで1セットだった。 戸崎は正面から見て右奥に、田中はその隣に腰を降ろした。 「にしてもゴボウだけだこの厚さって、作者もなかなの暇人だな」  人差し指で本の表紙をつつきながら、田中は苦笑を浮かべた。 「こんな分厚いとは思わなかった」  二人が本の分厚さに圧倒されていると。 「と、戸崎くん」 やけに羞恥を帯びた声が向かいの席から聞こえた。 田中がチラリと向かいの席を見る。 「あれ、椎野じゃん。どうしたの?」 椎野はただ赤く染まった顔を床に向けている。 なんの理由無しに椎野がこわざわざここに来るはずない。 戸崎と田中は原因となる存在を探した。 「おい、あそこ」 田中は戸崎の耳元で囁いた。それに反応するように戸崎は、入り口の方に目を向ける。  そこには薄笑いでこっちを見つめる村瀬の姿があった。その姿はさしずめ小悪魔と言ったところか。  戸崎は大きく息を吐き、田中は大きく舌打ちをする。もしかしたら田中の舌打ちは村瀬に聞こえたかもしれない。 「今度は俺たちが狙いか」  右隣には怒れる友人。目の前には今にも泣きそうなクラスメイト。戸崎はいつの間にか絶対絶命の状況に陥っていた。  そんな状況を打破しようと、戸崎は口を開く。 「椎野さん。さっきもそうだったけど、もし嫌だったらちゃんと言ったほうがいいよ。村瀬の奴完全に調子乗ってるから」  戸崎の提案に椎野はただうなずくだけ。そんな様子を見かねてか、横から田中が割り込んできた。 「そうだよ、本当最近あいつら調子乗ってる。もし本当に嫌だったら俺らに言え。ガツンと言ってやる!」  その田中の言葉がトドメだったのか。椎野の顔は見たことがないぐらい赤く染まっていく。 「違う」  小さく呟いた言葉を皮切りに、椎野は勢いよく自分の席を離れていった。 「一体なんだったんだ」 「さあな」 呆然とする戸崎と田中。結局、その日の昼休みはゴボウの本を開く事は無かった。
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