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第一章 航海前 第一節 父の死
父の突然の死に、ブルアン少年は、やっぱりか!という思いと、何故こんなに早く?という二つ苦しい思いに囚われていた。
しかし、今日は昼からいろいろな事が立て続けに起こったので、あまり悲しんでいる余裕は無かったのも事実である。
病弱だった父、フォータム・イエーロが2階の寝室のベッドの上で亡くなったのは、つい先刻の夜八時を針が回ったころである。
ネオ黒死病なので、寝室に入れたのは気密マスクと防護マントを着た医者のブラーウ先生だけだった。
ブラーウ医師は寝室のドアの外の籠に脱いだマスクとマントを入れて消毒薬をかけると、いつものブラウンの背広を着た姿で階下へと降りてきた。
1階には、椅子から立ち上がったブルアンと、椅子に腰かけたままのブルアンの母マリアーナの二人が居た。
「残念だが・・・フォータム氏は亡くなったよ・・・私は葬儀屋の手配に行ってくるので、部屋に入ってはいけないよ」
ブラーウ医師はそう告げ、山高帽を被り扉を外側に開くと、宿屋ポンペートの外に出て行った。
そう───ブルアン少年の家はボーリボード町のはずれにある宿屋なのである。
「母さん!」
ブルアンは顔を両手で覆って泣いている母マリアーナ(その左手首から先は義手であった)を見て言った。
「母さんも具合が良くないのだから、メリーク叔母さんの家に行って休んでいて!僕が葬儀の手配をするから!」
母親は青ざめた顔を上げ、少しだけ微笑んで息子に言った。
「・・・わかったわ・・・あなたは頼りになるわ。ブルアン・・・後はお願いします」
母親のマリアーナはそう言うと厚手のガウンを着て頭にスカーフを被ると宿屋の外に出て行った。
マリアーナの妹は農家に嫁いでおり、家は500mほど離れた高台にある。
(さてと、、、葬儀屋が来るには1時間はかかるだろうな。その間にあの神父は来るんだろうか?)
ブルアンは父の死にショックを受けてはいたが、それ以上にあの神父のことが気になっていた。
外は五月にしてはうすら寒く、やや強い夜の海風が吹き上げていた。
───やがて10分ほど経ったころ、足を引き摺るような靴音がすると、宿屋の扉が開かれて一人の男が姿を現した。
「やあ!ブルアン坊ちゃん。早速持ってきたよ!」
赤ら顔の男は左手に薄手の古書を持ち、撚れた黒いコートの右ポケットには強いラノム酒の小瓶が顔を覗かせていた。
そして、───男の両手の指は三本ずつであった───
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