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「カッパード神父さん。父が今しがた亡くなったんです・・・お祈りをしてもらえませんか?」
紺のオーバーオールと白い丸首シャツを着ているブルアンは少し寒いというような素振りで赤ら顔の男に言った。
「・・・ああ、そうかい。ついに亡くなったかい? お前の親父さんも・・・だが、ネオ黒死病じゃあ、ベッドまで行ってお祈りする訳にはいくまいよ・・・で、だ、お祈りは後回しにして、まずはこの本を見ちゃあもらえないか?」
カッパード神父はそう言いながら丸テーブルの椅子に腰かけると、左手の一冊の古書をボンとテーブルの上に載せた。
ブルアンはその古書の表紙を見ると、驚きの眼となり、思わず自分も丸テーブルの椅子に腰を下ろしてしまった。
「な? 驚いただろ? こいつは黒死海古文書の複製ってやつさ!」
カッパードは赤ら顔に目を光らせながらそう言うと、両手の3本指を旨く使って古文書のページをめくり始めた。
彼の指も、放射性天然痘ウィルスRAVV2051(Radio Activity Variola Virus 2051)による先天性遺伝子欠損症によるもので、足の指も三本ずつであった。
それで歩くときにどうしても引き摺るよう歩き方になってしまうのである。
ちなみに、ブルアンの母親のマリアーナの左手首より先が無いのも先天性遺伝子欠損症によるものであり───実は、ブルアン自身も先天性遺伝子欠損症で生まれたときはウサギのような三口であったが、名医ブラーウの手術によって手術痕は残るものの治されたのだが、前歯と犬歯がげっ歯類のようにずっと伸びていくことは止められず、こうして今もマスクをして口元を隠しているのである。
すべては、放射性天然痘ウィルスRAVV2051の世代を超えた二次的な被害であった。
「こ、これは、確かに、町の図書館の古文書で記述のあった黒死海古文書とそっくりだ!この書いてある言葉や、この地図の絵も同じようだ!」
思わず小さく叫んだブルアンを見て神父は赤ら顔で目を丸くした。
「おや! さすがはブルアン坊ちゃんだ。 この古文書に書いてあることが分かるのかい?」
「ええ。全部とまではいきませんけど、独学で勉強した古代ハブライ語の単語は500語くらい知っていますから、単語と単語のつながりを見ていけば、だいたいの意味は分かると思います」
ブルアンの言葉にカッパードはまたも目を丸くして、ついでにコートの右ポケットに捻じ込んであったラノム酒のキャップを外しつつラッパ飲みした。
そのときだった───宿屋の扉がいきなりバンと開かれ、そこに黒づくめで三角帽子の男が立っていた。
「よお!いい夜だな。その古文書を渡してくんねえか?」
その右手には真っ黒なジャック・アン・ピストルが光っていた───
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