第一章 航海前 第二節 黒番犬

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第一章 航海前 第二節 黒番犬

 宿屋ポンペートに入ってきた黒ずくめの男は、ジャック・アン・ピストルの銃口をピタリとカッパードの頭に狙いをつけ、続いてブルアンの頭にも狙いを付けた。 「おっ・・・あっ、あんた黒番犬なのか?」  カッパード神父は震える声で頭を左に向けつつ、黒番犬と呼んだ男の方を見た。 「そういうこった。おめーはカッパード・・・確か神父になったと聞いてるが?・・・お祈りされたくなかったら、さあ!早くその本をよこしな!」  黒番犬の言葉に、カッパード神父は震える三本指の左手で黒死海古文書(こくしかいこもんじょ)を掴むと黒番犬に向かって放り投げた。  黒番犬は古文書を旨く左手一本で受け取ると、その手で本を開いて中を見た。 「ん?・・・なんじゃあ、こりゃ?・・・何の言葉だこりゃ?」  黒番犬は古文書の中の文字を見て目を白黒させた。 「・・・それは古代ハブライ語だよ」  緊張しながらもブルアンが答える。  黒番犬は急に「ほお?」と感心した顔になり、ピストルを構えたままブルアンに近づいてきた。 「坊ちゃんは、この本が読めるのかい?」 「ある程度単語が分かるから、だいたいは読めると思うよ」とブルアン。 「なるほどな」  黒番犬はそう言うと古文書を自分のズボンの前側に差し入れ、左手でブルアンの右手首を掴むと、彼を自分の方にグッと引き寄せた。 「もらっていくものが1つ増えたな!・・・それでいいかい? 神父さん?」 「あ、ああ、どうぞ、どうぞ!」カッパード神父は両の手を軽く上げたまま薄笑いの震える声で答えた。 「待ってよ! さっき、父さんがで亡くなって、葬儀をしなくちゃならないんだ!」 ブルアンは自分に銃が突き付けられているのを意識しながらも勇気をもって言葉を発した。 「ああ、そいつはついてないこった!」黒番犬は答えた。 「葬儀はここに残る神父に頼むといい」 「そんな!!・・・」ブルアンがそう言ったときだった───  宿屋ポンペートの扉がゆっくりと開き、そこには左手が義手、右足が義足の背の高い男が立っていた。  男は赤っぽい髪であご髭も生えていたが、その左頬に大きな傷痕があるにもかかわらず妙に優しい顔と声をしていた。 「おや?これは取り込み中でしたか?そうでなければ───」  黒番犬は振り向きつつ、その新たに入ってきた男を見ると驚いたように言った。 「あ、あんたは、もしや・・・マ、マン・クッカー船長か?!」
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