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「いやいや、そんな。他人の空似でしょうね? あたしは料理番のグリンドーといいます・・・ところで、その男の子は痛がってるんじゃないですか? 手を離してあげたほうが良くないですか?」
料理番のグリンドーはそう言いいながら、左手義手の先の鋭い蟹鋏をカチカチと鳴らした。
「そ、その左手の蟹鋏は、まさしくマン・クッカー船長!」
黒番犬の顔は青ざめつつあった。
「そう思ってもらうのは自由ですがね、、、」と料理番のグリンドー。
「ここは海に生きる男の流儀として、、、素人さんに手を出すのはいけませんな・・・その子と、そのズボンに入れた本を置いて、さっさと帰ったほうが良くねぇですかい?!」
料理番の言葉の最後は少しドスの効いた言い回しになっており、いつのまにか左手義手の先の蟹鋏の鋭い指が四本とも真っすぐに伸び、黒番犬の額を狙っていた。
「くっ!・・・」
黒番犬は小さく毒づくと、ピストルを残る3人にあちらこちらと向けつつ、ブルアンの手を放し、古文書を丸テーブルの上に放り投げると、急いで宿の扉を開いて早足で退散して行った。
その足音はやはり妙なリズムで、彼のどちらかの足が義足であることを暗に示していた。
黒番犬が去った後、カッパード神父は急に元気を取り戻して陽気になったが、
「けっ!まったくふざけた野郎だぜ・・・いや、それより、あんたは本当にマン・クッカー船長なのかい?」
料理番を見る神父の声には若干の怯えが入っていた。
「へっ?」料理番はお茶らけた声を上げた。
「とーんでもない! マン・クッカー船長みてーな地獄の鬼のような人物とは会いたくもありませんぜ!くわばら、くわばら!」
「おぉ。そうかい。そいつは、確かにその通りさね!」
カッパード神父はそう言うと、また右ポケットのラノム酒の瓶をだしてラッパ飲みした。
「グリンドーさん。あなたはこの宿に泊まりに来たのですか?」
ブルアンは自分よりずっと背の高い料理番を見上げて言った。
二人は2~3秒といいうわずかの間に目と目で見つめあったが、ブルアンはグリンドーの眼の奥に光るわずかな獰猛の影を、グリンドーはブルアンの眼の奥の好奇心と勇猛の光を、お互いに感じ取っていた。
「いやいや。実はそこにいる神父さんに呼び出されたんでさ」
屈託なく答える料理番は人の好い笑顔で答えた。
「そうなんだよ!坊ちゃん!」
赤ら顔の神父は、また勢いを取り戻してしゃべりだした。
「俺も事を早く進めようと思ってな? こうして知り合いの知り合いの料理番さんに来てもらったンだよ!」
「料理番て?」とブルアン。
「ああ、坊ちゃんはご存じないか?」料理番は答える。
「航海する船の中で船員さんやお客さんにご飯を提供するのがあたしの仕事なんでさー!」
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