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一章
う……う……く……くそっ。
こ……怖くなんて、無いぞ!
真っ暗闇の中。
弱った心臓の動きを監視(モニター)する機械の音、トゥィン、トゥイン、トゥインと規則的に聞こえる音の間に間に。
シュゴーッ、プシュ、という自力で呼吸出来ないヤツにつける、人工呼吸器の作動音にまぎれて。
ち、ちょーーーっと『ひひひひひひ』と不気味に笑う女の声が聞こえるだけだ。
心臓の監視装置(ハートモニター)も、人工呼吸装置も、大抵、瀕死の重症患者につけるモノだし。
人工呼吸器をつけているヤツに至っては、声を出せない。
だからこの、他にヒトの気配のしない真っ暗闇の中。
人工呼吸器と『ひひひひひひ』なんて言う笑い声が一緒に聞こえるのは、絶対変なはずだった。
も……もしかして、この笑い声は瀕死の患者にとり憑いた化け物か、幽霊のしわざか……?
もし、そうだったら、怖ぇえぇじゃねぇか!
そう、ちらり、と考えて俺は首を振る。
こ……怖く無ぇ。
怖くないぞ、全く、ちっとも!
全々平気だ。
うん、そう、俺は、龍堂 力也(りゅうどう りきや)だ。
この街を本拠地に持つ、地元のヤクザから関東でも最大級の指定暴力団にのし上がった『龍堂組』の次期組長候補、若頭なんだぞ!
厄介な法律が出来たおかげで、一時期より、低迷しているとはいえ、潤沢な資金と、大物政治家をバックに持っているので、何も困っていない。
表向きでは、不動産取引会社の副社長でもあるし、表も裏も経営は、順風満帆。
俺自身も身体を良く鍛え、柔道三段、空手五段、剣道八段。
有名中学から、難関高校、有名名門大学とストレートで進んで来たんだ。
まあ、やくざな肩書きが怖くての、おべんちゃら込みだと思うが、子どもの頃から容姿端麗、文武両道ともてはやされて、現在に至る。
自分で言うのも何だが、数多くの舎弟を持ち、完全無欠の超エリートと言って差し支えないこの俺が……いいや、オレサマが。
なんだって、か弱い女子供みたいに『お化け』なんぞにうち震えてなけりゃ、いけないんだっ!
そうだ!
今のオレサマに、怖いモノなんざねぇ!
……はず。
と。
目を開けてみた途端だった。
うぁぁあああぁぁあああ!
目を開いてるんだか、閉じてるんだか判らねぇ。
真っ暗闇の部屋の中で、コイツの狂った顔ばかりが、空中に浮き上がって見えた。
しかも、ソレが俺の目の前一杯に迫って来るのを見て、俺は力一杯叫び声を上げると、その場から逃げ出した。
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