二章

2/23

105人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ
 暮れなずむ夕陽が、辺りを紅く染め上げる時間。  逢魔ヶ時(おおまがどき)とも言う、黄昏(たそがれ)に、まだ、小学校の低学年だった俺は、一人で見知らぬ土地をさまよっていた。  丁度、俺の住んでいた街の隣にある、川のほとりの神社で、大規模な盆踊り大会が、開催される日だった。  地元のやくざだった俺の家は、こんな日は、とても忙しい。  祭りにずらっと並ぶ出店や売店を、一つ一つ見回って、相応のショバ代をふんだくる……じゃなかった。  違法経営している店が無いか調べるための、活動資金の募金運動を陽のあるウチから展開することになっていた。  いわゆる『的屋(テキヤ)』と言われる露天商との『話しあい』は、交渉が決裂すると、しばしば言語ではなく、拳による意思の疎通を試みるコトになる。  小学校に入りたてのガキが見て楽しいモノでも無かったが、この頃には、もう、俺は龍堂組二代目になることが決まっていたからな。 『後学のため』とか何やらムズカシイ理由をつけられて、オヤジやら血のつながらない兄貴やらに、祭りのたびに、しょっちゅう連れていかれてたんだ。  で、今日の祭りは隣街。  ショバ代が高いの安いのと騒ぐ大人たちの話は、三十秒で飽きて『何か、面白いモノが無いかな?』と辺りをぶらぶらと歩きだした、その時だった。  俺の視界の片隅に、白地に斑点のある猫の姿が、見えたような気がしたんだ。 「……え?  もしかして、コタロウ……じゃない……よね?」  そう、思わず呟いて、首を振る。  コタロウは俺が、この時よりも更に数年前に飼っていた猫だった。  母親はとうに亡い、と聞かされて育ち。  家の中にはいかつい兄貴ばかりがゴロゴロしてて『可愛いモノ』とか『優しいモノ』は、俺が生まれた時から一緒に居たっていう、この猫一匹だけ。  だから、とても大切にしていたのに、ある日突然、いなくなったんだ。  俺も大概可愛くねぇガキで、この時までは、何が起きても涙一滴流さなかったのに。  何時ものように皿に盛った猫のえさが、何時まで経っても減ることが無いのを見ているうちに、だんだん哀しくなって、うわーーーん、と泣いた。  その様子を眺めてた、普段は厳しい親父方の婆ちゃんが慌てふためき、『猫は人間に死ぬ姿を見せないんだよ』とそう、泣き続ける俺の頭を撫でてくれたのを覚えてる。  ……だから、コタロウもまた。  母さんと一緒に『亡いもの』として、諦めていたのに。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

105人が本棚に入れています
本棚に追加