二章

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 一瞬、ちらっと目があった、とも思ったその猫は、本当に、コタロウそのモノみたいに、そっくりだったんだ。  体の模様、虹彩の色、大きな目を、何時も一緒だった俺が見間違えるはずが無ぇ。  けれども。 「コタロウ 、俺と一緒に家に帰ろう」  大事な猫をみつけた、と喜んで声をかけたのに、コタロウは、ただ、欠伸をして顔を洗うだけだった。  いなくなる前は確かにしていた、返事すらしない。   俺の事を忘れてしまったのかと、思わず肩をおとせば、コタロウは、ふぃ、と、そっぽを向くと、近くの塀に飛び乗った。  ……飛び乗ったんだけども。  その時、俺はコタロウに尻尾が二本あった事に気がついて、目を見張る。 4767964e-cc36-4fdf-8df7-0c1248dc60e2  な……何だこりゃ!?  見間違いなのか……本物なのか。  驚いているうちに、揺れる二本の尻尾は歩きだし、それを追いかけて、俺も走った。 「まっ……コタロウ、待って!」  いつの間にか生えていた二本の尻尾より、猫が今にも、どこかへいなくなってしまいそうのが、怖かった。  必死になって追いかける俺をしり目に、コタロウは悠々と歩きだす。  猫は、走りはしないのに、全速力で走っている俺は、全く追いつけねぇ。  クラスで一番足が速いはずなのに、どうしてだ!?  そう、首を傾げているうちに、とうとう俺は、猫を見失ってしまった。  ついでに、帰る道すら、見失ってしまったらしい。  はっと、気がついて辺りを見回せば、全く見覚えのない景色が広がっていた。  遠くで祭りのお囃子が鳴っている所を見ると、先程の場所からそう、遠くない気はするのだが。  龍堂組の兄貴連中どころか、先程まで軒を並べていた、露天の出店も無く……そもそも人の気配も、全く無い。 「……ここは……どこだ?」  思わず呟けば、寂しさが募る。  なんと言っても、まだ十(とお)に満たねぇガキだったからな。  不安で、心が押しつぶされそうになった時だった。  からん、ころん、という下駄の鳴る音を聞いて、出て来そうだった涙をひっこめた。  どうやら、これから盆の踊りに行くらしい。  黒地の肩に、見事な大輪の花を咲かせた着物を着た男が、近くを通ったから。  俺は思わずその着物の袂(たもと(着物の袖の下の袋状の部分))を握り締めてしまった。  今考えりゃ、いかにも高価な着物を皺(しわ)にする『やっちゃいけないコト』の一つだったけれども。  俺に袂を引っ張られたそいつは、特に怒りはしなかった。
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