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「お、どうした坊主、迷子かい?」
表情は、なんとなく仮面を被っているように動かなかったけれども。
粋で気さくなその声に、ガキだった俺は「ウン」と頷いていた。
「俺、前にウチで飼ってた大事な猫を見かけて、連れ帰そうと追いかけてたんだよ。
しばらく見ないウチに何だか、尻尾が二つに割れちゃって……どうしたんだろう、って思って……」
「ほう?」
尻尾が二つに割れた猫を探してる、なんて。
今日び、まっとうな大人が聞いたら一笑に伏して相手にしないもんだろうが、そいつは、相変わらず無表情のまま……でも、声だけは心配そうに言った。
「ああ、見た見た。
尻尾の数までは良く見て無かったが、白地に茶色の斑点の猫なら見たぞ。
しっかし、しばらく見ないうちに尻尾の割れた猫って……そいつぁ、ネコマタに取りつかれたかもしれねぇな」
「ネコマタ?」
聞き慣れない言葉に首を傾げれば着物の男は「ああ、そうとも」と言った。
「モノの本には、ネコマタは長く生きた猫がなるってぇ書かれてることが多いが、実は、違う。
全く別の化け物霊が、死にたての猫の死骸に取り憑いたモノなんだとよ。
証拠に、外見は同じでも、中身は全く違うだろ?
その猫はもうお前の猫じゃねぇよ。
諦めろ」
「でも!」
その猫は、本当に大事な猫なんだ、と聞きわけなく言い募る俺に、その男は目だけをにゅっと三日月形に細めた。
「じゃあ、いくら中身が変わっても。
お前はその猫を、今まで通り愛せると言うんだな?」
「だって、コタロウは、コタロウじゃないか!」
もちろん、外見と中身が揃ってるのが一番だけど、どっちか一方だって、俺の大事なコタロウなんだ、と叫ぶ俺に、男は楽しそうにふふふ、と笑う。
「そうか、そうか。
その心意気で、がっかりしねぇなら、オイラがその猫の所に連れてってやろうか?」
「えっ、それ本当!」
「ほんと、ほんと。
そういう不思議な猫やら、妖やらが集まる場所に心当たりがあるからな。
化け物どもが怖くねぇなら、オイラについて来な」
そう言って、差し出される手を、俺はためらいなくとった。
この時は、まだ化け物なんてそんなに怖く無かったし、それよりもコタロウが心配だったからだ。
それに、男が俺を連れて行こうとしている場所は、どうやら俺が元来た盆踊りの会場らしい、ってことも安心だった。
そんな着物姿の男に手を引かれ歩いているうちに、俺は味もそっけもなかった普通の街並が変わってゆくのに気がついた。
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