二章

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「……食事」 「え?」 「今宵は、良い夜さ。  現世では、盆踊りが始まって、異界と現世の境が希薄になってる。  百鬼夜行の夜と違って、右から左に流れる川のような流れがあるわけではなし、現世には自由に行き放題なのさ。  しかも、今年は『ヒトを襲ってはいけないよ』って私を諭す人間もいないし、ねぇ」 「そ……それって!  これから吸血鬼が、ヒトを襲いに行くって言うこと!?」  思わず、俺は叫んだけれども、彼は、何も答えず、ただ笑っているだけだった。  だからこそ、判る。  こいつは、本気だ。  これからヒトを襲いにゆくんだ。  子どもの頃の俺は、ごくん、と生唾を飲み込み……布団の中で震えているもう一人も、上ずった声を上げた。 「だ……ダメだよ。吸血鬼、簡単にヒトを傷つけちゃ……!」  そんな少年の声に、吸血鬼はふと、真面目な顔を見せた。 「子ども。  私は、お前の父君が大好きなのさ。  だから、お前が立て籠っているその布団の砦から、顔を出し。  私の顔をきちんと見て『どこにも行くな』と『お願い』してくれるのならば、今日の所は、父君に免じてこの部屋に留まっててやっても良いけどねぇ?」  でも、布団から出て、話をする。  たったそれだけさえも怖くて、怖くて、出来ないんだろう?  なんて、吸血鬼は哀しそうに目を伏せた。 「私は、寂しいことが、一番嫌いなのさ」  ああ、本当は、お前と仲良くなりたいから、身体を張って川から助けたこっちの子どもは、襲わないようにしようねぇ。  だけども食事には、しっかり行かせてもらうよ?  そして、私は何気に強いから、他の妖では止められないからね。  私とちゃんと話をする気になったら、血の匂いをたどっておいで。  などと、物騒な事を言った挙句。  からからと力なく笑って、部屋を出ようとした吸血鬼を、俺はまた、た袂(たもと)を引っぱって止めた。  本能的にコイツを外に……現世とやらの、人間が一杯詰まっている所に放しちゃいけない、と感じたんだ。 「待って」と引っ張る俺を、吸血鬼は、射抜くように見た。 「待たないさ。  お前も、自分が特別扱いだと思わない方がいいよねぇ。  あまり、面倒臭かったら、お前を一番最初に食い散らかしても良いんだから、さ」
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