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「……食事」
「え?」
「今宵は、良い夜さ。
現世では、盆踊りが始まって、異界と現世の境が希薄になってる。
百鬼夜行の夜と違って、右から左に流れる川のような流れがあるわけではなし、現世には自由に行き放題なのさ。
しかも、今年は『ヒトを襲ってはいけないよ』って私を諭す人間もいないし、ねぇ」
「そ……それって!
これから吸血鬼が、ヒトを襲いに行くって言うこと!?」
思わず、俺は叫んだけれども、彼は、何も答えず、ただ笑っているだけだった。
だからこそ、判る。
こいつは、本気だ。
これからヒトを襲いにゆくんだ。
子どもの頃の俺は、ごくん、と生唾を飲み込み……布団の中で震えているもう一人も、上ずった声を上げた。
「だ……ダメだよ。吸血鬼、簡単にヒトを傷つけちゃ……!」
そんな少年の声に、吸血鬼はふと、真面目な顔を見せた。
「子ども。
私は、お前の父君が大好きなのさ。
だから、お前が立て籠っているその布団の砦から、顔を出し。
私の顔をきちんと見て『どこにも行くな』と『お願い』してくれるのならば、今日の所は、父君に免じてこの部屋に留まっててやっても良いけどねぇ?」
でも、布団から出て、話をする。
たったそれだけさえも怖くて、怖くて、出来ないんだろう?
なんて、吸血鬼は哀しそうに目を伏せた。
「私は、寂しいことが、一番嫌いなのさ」
ああ、本当は、お前と仲良くなりたいから、身体を張って川から助けたこっちの子どもは、襲わないようにしようねぇ。
だけども食事には、しっかり行かせてもらうよ?
そして、私は何気に強いから、他の妖では止められないからね。
私とちゃんと話をする気になったら、血の匂いをたどっておいで。
などと、物騒な事を言った挙句。
からからと力なく笑って、部屋を出ようとした吸血鬼を、俺はまた、た袂(たもと)を引っぱって止めた。
本能的にコイツを外に……現世とやらの、人間が一杯詰まっている所に放しちゃいけない、と感じたんだ。
「待って」と引っ張る俺を、吸血鬼は、射抜くように見た。
「待たないさ。
お前も、自分が特別扱いだと思わない方がいいよねぇ。
あまり、面倒臭かったら、お前を一番最初に食い散らかしても良いんだから、さ」
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