一章

2/8
97人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ
 ひひひひ、と笑う女に脅かされて、思わず俺は、寝ていたベッドから飛び起きて、やみくもに、暗い部屋を走り出たけれども。  今までいた部屋と同じくらい暗い廊下に出れば、どうやら、ココは総合病院の病棟らしい事に気がついた。  右側を見れば、俺が今出て来たような個室が他に二つほど続き、その先には、ピンセットや、円筒形の缶が一杯乗ったワゴンを、ナースセンターのほの明るい光が照らしてた。  左を見れば、足元に緑の非常灯がついている暗い廊下が伸て、所々にぽっかりと暗い穴が口を開けているように見える……が。  その暗い穴は、六人部屋の病室に続く扉だ……だと判っていてもぞっとする。  夜の病棟なんて、つい、一週間前まで入院してたもんだから、見慣れている、と言えば見慣れているのだが。  人間、誰にだって苦手なモノってあんだろ!?  オレサマは、勉強もスポーツも何でも得意だが、殴っても解決できない脅威、化け物だの幽霊だのホラー関係は、全くダメなんだ、クソ!  子どもの時は、もうちょっとマシだと思ったが、大人になったらもうダメだ。  俺の世話を焼く人間には、やくざな稼業で敵対する人間に寝込みを襲われ無ぇように、と言い繕っているが、実はどこにでもいそうな化け物が怖くて、極力部屋の電気は消させねぇ。  いつも電気が点けっ放しの所で暮らしているというのに、この暗さだ。  腹の中で、めちゃくちゃ悪態をついて、足元から這いずり上がってくるような、怖さをごまかしていたんだが。  このままぼーーっと廊下につっ立っていたら、病室に居た『アレ』が追いかけて来そうで嫌だった。  今、虚勢を張らなくちゃならん部下も舎弟も居ないようだし、これ以上苦手な暗闇で頑張るつもりは、毛の先ほども、無ぇ。  ……と。  さあ、逃げ出そう、とした所で、俺は待てよ、と首を傾げた。  確かに、俺はこの病棟に入院していたが、それは七日前までの事だった。  俺は無事に退院し、この一週間、入院中に溜まっていた仕事をひいひい言いながら、片付けた記憶がある。  何よりも今朝は、確かに龍堂組の事務所の上の階。  最近、自宅代わりにしている部屋で目が覚めたはずだったのに、なんで、俺はここに居るんだったっけ……?  暗い全体を見た感じ、消灯は確実に過ぎているようだ。  さっきまで、ベッドにもぐりこんで寝てた事を考えると、入院中に、声をかわすようになった、同病の友に面会に来た……感じでもない。  朝から、今までの記憶があいまいで、首を傾げていると、暗い廊下の奥から、一人の少女が歩いて来るのを見た。  包帯でぐるぐる巻きの様子に、一瞬ドキッとしたが、ここは病院、外科病棟だ。  毎日誰かが、どこかしらの手術を受けている以上、包帯姿は、珍しくないし、病室に、トイレはない。  ただ、用をたしにゆくために廊下を歩いている無力な少女の存在に、びくつくなんて、相当にダメだろ、俺。  しっかりしろ、と自分を鼓舞し、自嘲気味に笑うのと、その女の子とすれ違うのが、ほぼ一緒だったのだが。  その子は、トイレに向かって俺とすれ違うことは無かった。  俺の目の前で、ぴたり、と立ち止まると、上目遣いでささやいたんだ。 『見つけた』
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!