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シャーっと、息を吸い込むように開いた口からは、思いもよらぬほど立派な犬歯が見える。
「……!」
驚いて思わず二、三歩下がった俺を見た吸血鬼は、威嚇に開いた口をため息と一緒に閉じた。
「ウソだよ、お前のことは、食べないさ。
それよか、肝っ玉のある子ども。
盆踊りが終わるまでに、用を済ませて現世に帰らないといけないよ。
現世への道筋が閉ざされてしまうからね」
「……用?」
首を傾げる俺に吸血鬼は頷いた。
「人間が現世からこの中有郷に来るには、何かしら強い想いが無いと来られないし、想いが解消されないと戻れない。
震える子どもは、川に落ちるお前を助けたくて、ここへ来た。
……それじゃあ、お前は?」
吸血鬼に促され、俺はあたふたと言った。
「ええっと、ずっと前に居なくなったコタロウって猫を探しに……」
「ふうん。ずっと前に居なくなったなら、別に放っておけばいいんじゃないのかねぇ」
「ううん! とても大事な猫なんだ。
今どこで何やっているのか気になるし、困っているなら助けなきゃ……!」
そんな俺の話に、吸血鬼は目を細めた。
「それならお前は、まず、猫のコタロウとやらを見つけるか、せめて。どんな暮らしをしているのか、納得しないと帰れないねぇ。
でも、この中有郷で見つかればよし。
ここを通り過ぎで、猫が異界に落ちてしまったら、とか。
また、ここを出る前に、盆の踊りが終わってしまったらさ。
次の百鬼夜行まで、お前達二人は現世に帰れず、何週間も神隠し扱いさ」
「……!」
息を飲む俺に、吸血鬼は手をひらひらと振って部屋を出る。
「せいぜい早く、猫が見つかると良いねぇ。
私が現世で食事を始める前に。
……盆の踊りが終わる前に」
「まっ……待て、吸血鬼!」
その切羽詰まった危機に、俺はもう一度止めてみたけれど、もう遅い。
部屋の中から、廊下へ出た吸血鬼をすぐに追ったはずなのに、続いて飛び出しても、もう吸血鬼の姿は見えなくなっていた。
吸血鬼は、長い髪をなびかせて、どこかに消えてしまったんだ。
……
「大変だ!」
誰もいない空っぽの廊下に、一瞬呆然としていた俺は、部屋の中に駆けこんだ。
そして、布団に埋もれているヤツを呼ぶ。
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