二章

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 月の光りが燦々(さんさん)と、降り注ぐように照る野原の真ん中。  遠くに、微かに聞こえる盆踊りの曲に、誘われたのか、どうか。  一番最初に表れたのは、狸のようだった。  土産屋では、陶器の瓶(かめ)に、どぶろくを持っている姿を良く見るのだけども。  今、ここで見る狸は、キレイな紫色の液体の入った一升瓶を持ち、何やら飲んでいる。 46b1c78f-35bd-4826-8d66-d2c06583c536  獣の妖怪らしく、もふもふの立派な尻尾は付いていたけれども、割れてはいない。  コタロウが、この狸に挨拶をしたかどうかなんて判らなかったけれども、俺は声をかけることにした。 「あのっ! すみません!  ココに、尻尾が二本の白地に茶色の斑点を持つ、猫を見ませんでしたか!?」  ふいに、近寄ったら狸もびっくりするだろうが、俺だって怖い。  自然と大声になる俺に、狸は機嫌よくグラスを上げて、返事をした。 「なんだ、珍しい。  人間の子どもたちじゃないか!  ……こっちに来て、一緒に飲まないかね?」 「えっ……ええと、子どもはお酒を飲んじゃいけないって……」  ボーっとしていたら、さっさとグラスを渡されて、ま、一杯飲めよ、と紫色の酒を注がれかねない。  慌てて断ったら、狸は、目をすぃ、と細くした。 「うほほほ~~ 残念。  お主らが、素直に酒を飲んだら、吾輩が酒の肴(さかな)にして喰っちまうつもりだったんだがな~~」  そんな、物騒な事を言って、狸は、俺の背中に隠れている風音に目をつけた。 「なんだ、お主。  川ほとり神社の神主の息子じゃないか。  吾輩に会ったら、最初に挨拶ぐらいしとけよ。  もし、さつきの坊主が、間違った答えを言っていたら、お主もこっちの子どもと一緒に、吾輩の肴だったんだぞ」  狸は、オソロシイことをさらりと言うと、ぽん、と腹づつみを打った。 「お主の父は、吾輩に良くしてくれたからな。  息子のお主をうっかり傷つけたり、ましてや喰ってしまったら、申し訳が立たない」  みろ、この美味い『ワイン』という、紫色の酒も神主からの贈り物なんだぞ、と、狸は嬉しそうに笑うと、ちょっとは真面目な顔になって言った。 「白地に茶色の斑点のネコマタ殿は、吾輩にも律儀に頭を下げて行ったがね。  次の挨拶先の、九尾の狐が住んでる辺りは、もっと怖くて気の強い妖ばかりだ。  神主の息子が、しっかり挨拶出来ないようじゃあ、二人とも、頭からバリバリと食べられてしまうよ」  狸にしっかりせいよ、と脅かさ……いやいや応援され。  俺は、風音の手を握り締めたまま、狸の前から、ぴゅっと逃げた。
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