二章

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「集まってくれたみんなに挨拶します。  僕が、川ほとり神社神主、雪村 氷月(ゆきむら ひづき)の息子、風音です。  よろしくお願いします!」  挨拶の内容なんて。  如何にも子どもっぽい、たどたどしく、短いもんだったけれども。  妖、一匹一匹の目を見ての、堂々とした言葉に、妖怪どもの顔がいきなり明るくなる。  ああ、妖たちも、大好きな神主の息子である風音に怖がれて、寂しかったんだな、なんて思った時だった。  だんだん今までに、感じなかった恐怖が、子どもの頃の俺の足もとから這いあがって来た。  ……怖い。  なんで、俺は、今までこんな妖の前で全然怖く無かったのか、不思議だ。  怖い怖い。  ヒトの言葉をしゃべる、狐に、狸。  怖い怖い怖い。  怒った顔の、天狗。紅い瞳の砂かけ婆。  怖い怖い怖い怖い。  皆まともじゃない、ヒトじゃない。  それに、極めつけが、死んだはずの母さんが、猫にとりついたって?  怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!  何のことは無い、半分妖な俺自身が、怖い!!!  今まで、風音が感じていた恐怖が、俺に押し寄せて、来た。  ぎゃーーーっ!  身も凍る事実に、耐えきれず、俺は恐怖の叫び声が、我慢できなかった。  喉も裂けよとばかりに上げ続け、怖くて怖くて、パニックになる俺を、何か、暖かくて強いモノが包みこんだ。 「か……風音?」  その、優しいぬくもりに少し落ち着いて呟けば、風音は、うん、と静かにうなづいた。 「ありがとう、力也。  僕に、妖を恐れない心を分けてくれて。  そして、ごめんね?  力也の心をこんなに荒らして、怖がりにしちゃって……   僕は、力也の心を大事に使わせてもらうから」  これから現世に戻って吸血鬼を探さなくちゃ、なんて。  風音は、腕をまくったけれど!  血を吸う妖だって、おっかない! 「うう……」  呻くしかない俺を、ぎゆ、と抱きしめて風音はつぶやく。 「力也は、もともと妖とは関係ない世界にいたし、これからだってきっと、滅多に妖に会うことは無いはずだから。  今夜の記憶は、消してくね?  そうしたら、せめて。  力也は自分自身におびえなくて、済むからね」  そう言って、風音は『おまじない』だと俺の唇を唇で軽く塞いで言ったんだ。 「僕が、君に肝っ玉を返す、その日まで。  全部を忘れて、眠れ……眠れ……」  風音の声は、耳に、じゃなくて心に響く。  風音の『眠れ』という声が、二度響いたな、と感じた時には、もう。  俺の瞼は酷く重くなっていた。  だから、知らない。  俺は、盆踊りの終わる前に、現世に帰ってこれたのか。  風音は、吸血鬼に会えたのか。  そもそも……どうやって、俺は中有郷から、戻って来れたのか。  何にも判らないまま。  俺の子どもの頃の記憶は、ふっつりと途切れていたんだ。    
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