三章

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「昔……子どもの頃。  力也に肝っ玉を借りたんですけれど……結局は、ね。  そう、使うこともなかったんです」 「……え」  どういうことだ?  そう、使うこともなかった、って!  今でも、こうやって鵺を操り、百鬼夜行の中に居るっていうのに!  おそらく、思い切り怪訝な顔をしているだろう俺の耳元に、風音は自分の唇を寄せてつぶやいた。 「……もう、手遅れ、だったんですよ」 「ああ?」 「力也が、僕に肝っ玉を貸してくれた夜。  ヒトを襲う、と宣言して吸血鬼が中有郷を出て行く、って宣言したでしょう?  僕たちは、盆踊りが終わる前に、中有郷を出ることは出来ましたが……吸血鬼がヒトを襲うのを止められるほど、早くは、戻ってこれなかったんです」  言って、風音は深々とため息を吐いた。 「吸血鬼は盆踊りに集まった客の中のうち、数人から血液を奪い『食事』をしてしまいました。  普通、現世の人間には、妖が見えません。  吸血鬼が血を吸った、なんてありえない不祥事案件は『急な心臓発作』とかで片付くモノですが……  あの日は、僕の実家の川ほとり神社の盆踊りで、人出が多く、中には妖の見える方もいて、人死にも出る大騒ぎになりました」 「何……!」  思わず大声を出そうとした俺の口を、風音はかぽっと塞いでささやいた。 「だから、大声を出しては行けません。  それにまだ、続きがあります」  なんだよ、それは!  なんとなくもったいぶった風音の言葉に、俺は早く言え、と睨めば風音は、重い口を開いた。 「もともと、川ほとりの神社付近には、駅が出来る予定だったんです。  区画整理の名目で地上げ屋が、うろうろしていました。  そこに、人死に込みの大事件じゃないですか。  相手の地上げ屋も、地元出身のせいで、あることないことを吹聴し……数百年の伝統のある神社も、陰陽的な意味も、霊力もない場所に、縮小移築、され……結局。  何の意味もない箱と成り、後から火災で燃えっき、解体してしまったんです」
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