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驚いて、言葉一つ出やしなかった。
大きく息を吸い込んで、吐きだし。
そんなに神社のことで恨んでたんだな、と息をついた俺に、風音は、ふるふると首を振り、泣きそうに笑った。
「妖共は知りません。
けれども、僕は神社が無くなって、良かったです。
あなたに妖を恐れない『肝っ玉』を借りたとしても、僕にとって妖怪たちの住処は、肌に合わないモノでした。
神主として人には見えないモノを見。
自分は、精神異常者じゃないかと、こわごわ生きるのでなく。
『医師』として、断固、存在する現実しか見なくていい生活は、僕にとって最適だったんです」
「だったら、なぜ、俺を狙ったんだ!」
叫ぶ俺に、風音は目を伏せた。
「怖かったんです」
「え?」
「……僕が、例え、現代医学の粋を全部集めても無駄な、早死にすることは子どもの頃から知っていた事でした。
死んだ後も、他の人間とは違って、天国へも地獄へも行かず、妖となって、異界に赴(ゆ)く事も。
……けれどね、怖かったんですよ。
たった一人で、死んでゆくことが。
ヒトの道に外れて、妖になり、異界に落ちていくことが、身も凍るかと思うくらい、怖かった……」
あなたには『肝っ玉』をいただいたのに、情けないですね、と風音が笑う。
「これでも、一人で逝くつもりだったんです。
……けれどもね。
あなたが、一月前に初めてうちの病院に来たのを見た時から……もうダメでした。
妖に魅入られ、短命な一族なんて。
現代医学では、誰も……自分自身でさえも、受け入れられない状況を話せる者は、あなたにおいて、他に無く……
けれどもしかし。
あなたの記憶は、僕自身が封じてしまったんです。
……あなたに妖を恐れない心……『肝っ玉』を返すその日まで。
僕が現世を去る、その日まで」
「風音」
「側に居ても、何の話も出来ないでいるうちに、龍堂組を狙う連中の話を何度も聞きました。
あなたを……と言うか、龍堂組の人間を、殺したいほど憎むヒトビトも多いことを知りました……だとしたら……
あなたも、ヒトに恨まれて、死んでしまう運命だとしたら。
いっそ、僕と一緒に、死んでくれたら、いいのに……と思ったんですよ」
言って風音は、ふふふふふ。と笑う。
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