三章

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「あなたも、母が狐の半妖(はんよう)ならば、死んでゆく先も、天国、地獄でなく『異界』でしょう?  はじめて出会った、子どもの頃の盆踊りの日。  あなたとの中有郷めぐりは、そう嫌なモノでも無かったです。  怖かったですが……楽しかった、と言っても良い。  ……これからの異界への道行きも、あなたと一緒なら。  今まで死ぬのに怯えていたこの心も、きっと晴れるでしょう」  言って、鬼の姿になった風音は、うつ伏せだった俺を素早くひっくり返すとこの首に手をかけて、しめあげた。 「う……」  ……苦しい。  俺のカラダは、病院のベッドに瀕死の姿で、寝転がっていて、生霊の状態だと言うのに!  そう言えば、髪女に巻きつかれても苦しかったな、と切羽詰まった状況に、余計なことを考えて、苦笑する。  風音の言い草に、なんて自分勝手なヤツなんだろう! とは、思ったけれども。  思いだしてしまったのだ。  首を絞める鬼の風音が、子どもの頃。  半泣きになりながら『怖い』と言って俺の背の後ろに隠れてしまったあの時のことを。  ……仕方ねぇなぁ、とも思ってしまったんだ。  生まれも違い。  風音が変な力を使ったので、すっかり忘れて、縁遠くなってしまったコイツが、実は血のつながった従兄弟……弟みたいなもんだったってことに。 「……抵抗しないんですか?」  俺の首を締めあげる力にあまりに無抵抗だったからか。  聞いた風音に、俺はうなづいた。 「ああ……仕方ねぇから、ついてってやろうか、と思ってな」  喉を絞められても、実際に身体は無いから、声は出る。  意識を失いかける朦朧とした中で、なんとか出した声に、風音が驚いた顔をした。 「……え?」 「ここで自分が死んだからって俺に『肝っ玉』を返しちまったら、また妖怪が怖いんだろう?  しかも、今度は現世との中間にある『中有郷』ではなく、ばっちり、しっかり異界だっていうじゃないか。  ここで突き離したら、お前。  良い大人のくせして、また泣くんじゃねぇか?」 「……力也」 「これから先……俺に……夢も希望も無いわけじゃないし。  やりたかった事もあるにはあるが、所詮、やくざな商売だ。  世間に顔向け出来る生き方をしているわけじゃなし。  何時また命(タマ)が狙われ、死ぬのなら……  お前と一緒に死んでやっても良いぜ?」  そう、本心から言った時だった。
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