三章

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 現世にはあり得ない。  雄鶏が卵を産んで、トカゲが孵(かえ)した妖が、異界への扉を開く。 『時間に側を通ると、良くない事が起きる』そんな噂の不気味な空き屋の壁に、黒々として暗い、穴がぽっかりと空いた。  これが百鬼夜行の先、異界へ行く扉だった。  俺が見ているうちに、今まで百鬼夜行を形成して来た妖怪たちが、吸い込まれてゆく。  ヒュルルルルルル、スポッ  なんて、音は間抜けの極致だったけれども、吸引力は、かなり強い。  中には自分から、扉に飛び込む妖もいたが、あっという間に、俺達の周りにいた妖共が、異界に向かって呑みこまれて消えてゆく。  そして、鬼に変わった俺達も、また。  事前に異界へは行きたくないと、鵺に話をしていたのか、どうか。  地面に爪を立てて、異界へ行くのを拒否した大きな鵺の背中に乗り、猿と虎と蛇を繋ぐ長い毛にからまるように、乗っていたので、一応異界には、引きずり込まれなかった、けれども。  どうやら、ずっとそのまま頑張っていられそうにはなかった。  異界への穴に、じりじりと。引きよせられるのがオソロシイ。  穴から響いて来る轟々と言う音は、風か……妖共が、住処を追った俺に放つ、恨みの声か。  肝っ玉の無い身の上で、たった一人。  ここを通らなければならない、と言うなら、きっと気が狂う。  怖い……オソロシイ。  理由のない、生理的に背筋から這いあがってくるような身の毛もよだつ感覚に、俺は、思わず叫び声を上げてしまつていた。 「うぁあああああああ!」  ダメです! と止める風音の話なんて聞けなかった。  恐ろしくて、怖くて。  俺の中での一番の恐怖に、声なんて我慢できない。  渦巻く感情をセーブ出来ずに、思いの他、大声を上げてしまった、その時だった。  まだ、現世に残っていた妖共が、一斉に俺に気づいて、ぎらり、と睨んだ。 『いたぞ! ここだ!』 『神社を潰した憎いヤツ!』 『裏切り者の子どもだ!』 『殺してしまえ!』 『八つ裂きにしろ!』  見っかった!  百鬼夜行として、街を練り歩いていた妖共が、口々に物騒な事をわめき、皆俺に向かってやって来る!  しかも、全員、俺に恨みがある者ばかりだった。  俺の苦手な、恐ろしいモノが、いつぺん掴みかかって来る。  恨みに任せて襲いかかって来る……寸前だった。  俺達二人を背に乗せてた鵺が、ヒョーイと妖共の大群をかわし。  そこから、落ちないように、だったのか。  感情の制御が不能で、大声を上げ続けるのを見かねたのか。  風音は、俺をぎゅう、と抱きしめたかと思うと、唇にも何かを当てた。  ……甘い……柔らかいモノ。  風音の、唇だった。
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