三章

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 お互い『鬼』に身をやつし、牙と牙の当たる、ごつごつの口づけだった。  けれど、角度を変えて、何度かされた、妙に甘い口づけが、勇気をくれたようだった。  さっきまで感じてた、目もくらむほどの恐怖が落ち着いて来て…… 「ああ、これなら異界を恐れず行けるかも」  ……ああ?  まるで、自分の心の声を耳で聞いたような錯覚に目を見開けば、そこに、風音がほほ笑んでいる顔があった。 「ごめん、力也。  僕はやっぱり一人で逝くことにしたよ」 「なん……だ……と!」  驚く間も無かった。  風音は、もう一度俺の唇に口づけると、今度は何かを吸い込むように息をしやがったんだ。  途端に、牙だと思った口の違和感が無くなり、頭の重さも消え……  そして、さっきまでは異界に向かい、強く引かれていたのに、今はそんなの感じなかった。  何だか、急にいろんなモノから解放された俺が、慌てて目を見開くと……風音が更にその姿を変えていた。  間近で見るその姿は、まさしく化け物、と言って良い。  角が四本になり、多すぎる牙に口が、裂けているのは……俺の分の罪じゃないのか!?  鬼の『業』を、風音がまとめて背負っているからに違いなかった。 「風音! お前、一体何をやってるんだ!」  俺の分の鬼の業を返せ! と言ったのに。  風音は、これは僕のモノですと首を振った。 「やっぱり、ね。  僕は、力也を巻き込んじゃいけなかった。  ……死ぬことが、どんなに怖くても」 「莫迦たれ! 死ぬことが怖いのは当たり前じゃないか!」  だから、俺が一緒について行ってやる、って言ったのに!  鋭くつぶやく俺に、風音が笑う。 「その言葉で、充分ですよ。  ……僕もね、あなたのコトが、とても好きだって事に気がついたんです。  僕は医者のくせに、自分の欲望のためなら人を殺める手引きをする、鬼の業を持った人間です。  そんな僕に好かれてしまったら、迷惑以外、何物でもないでしょうが……  あなたは、僕のために必死で動いてくれたのに……僕の方は、何も返せて無い。  ……あなたから、何もかもを、奪うばかりです」 「でも、今回の騒ぎは……!  例えお前が手引きをしなかったとしても、いづれ。  どんな形でも、俺が狙われて、落とすはずの命だったんだ!  むしろ、俺の方がお前を巻き込んだと言って良い!」 「……まったく! あなたは、どこまでお人よし、なんですか!」  言って、鬼の目に涙が光る。
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