三章

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 ……俺は結局、なにも出来なかった。  風音と一緒に、異界へついて行くことも……怒り狂った妖共から、風音を守ってやることも。  神社を潰されて腹がたった者は、自分に向かって来い、という風音の声に、妖共は、容赦なかった。  風音に向かって、襲いかかったかと思うと、風音の肉を食いちぎり、あっと言う間に骨だけにしてしまったのだ。  異界への扉の前に、元は風音だった白い骨が一山晒されると、妖共も、気が済んだのか。  コカトリスが呼んだ穴へ、次々に飛び込んで行きやがった。  腰を抜かし、一部始終を見ているしかなかった俺が、もの言わぬ風音の亡骸に、なんとか近づく事が出来たのは。  風音を襲った最後の妖が、異界へ帰ったあとだった。  ……これが、死?  半妖で……鬼に身をやつした者の……最後なんだろうか?  風音は、あんなにも死ぬのが怖い、と言っていたのに。  妖共に貪り喰われるなんて、どんなに怖かったことだろう!? 「風音! 風音!」  そう、喉も裂けよ、と叫んだ声も、本人には届かない。  ただ、不気味な白さを朝日に晒した、骨の一組が、ピクリとも動かず、そこに散らばっていた。 「……風音」  風音の末路が、あまりに理不尽でやるせなく。  せめて、その頭だけでも、抱きしめてやろうと手を伸ばした時だった。  低い、なめらかな声が俺を止めた。 「あ~、コラコラ触んなよ? それは人鬼の死骸だ」 「ヒトオニ?」  聞き慣れない言葉に、風音の骨に触れることを止め、顔を上げれば、そこに今まで見たことのない変わった鬼がいた。 e100ebcd-b843-4d0a-b3c5-6a841c799075  肌の色を見る限り、それはどうやら『赤鬼』のようだったけれども。身体中に、墨でびっしりとお経の文句が書かれているので、ほとんど黒鬼、と言っても良いかもしれなかった。  そして、また。  彼は、今までの本やら映画で出てはあまり見たことのない特徴を持っていた。  ……右目が無い。  あまりに驚いて息をするのも忘れそうなった俺にひらひら手を振って、その鬼は言った。 「あぁ、そいつに触るんじゃねぇ。人が鬼になった奴らが死んで腐ると、そこから悪い蟲が湧きやがんだよ。まだ触るな。経を読んで人に戻してからだ」 「……腐る?  コイツはもう。  何もかもを喰われて、蟲の湧く隙間も、ねえよ」  なんで、俺は、風音を守ってやれなかったのか。  やるせない想いと一緒に出るのは、悪態めいた言葉だけだ。  手を握り締めてつぶやく俺に、片目の鬼は、肩をすくめた。
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