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「龍堂さん。
あなた、記憶ははっきりしてますか?
例えば、一週間前、あなたはこの病院、病棟に入院してましたよね?
……どうして入院したか、覚えてますか?」
こ……コイツは!
今、ソレを聞くか!?
どんな羞恥プレイだよ、とは思ったが、コイツは手術と、その前後の検査で俺の全部を見ている。
今更、恥ずかしがることもないし、きゃあ、とか言って頬を赤らめる趣味も無ぇ。
「……痔の手術」
どうにも自然とふてくされる声色に、雪村センセは、特に何の感慨もなさそうに、事務的にうなづいた。
「場所が場所で、部下の方に恰好がつかないから、と偽名を使い、保険適応でなく、自費で治療なさってましたよね。
ご家族を含めた、周囲の方々には『女性と海外旅行に行って来る』と説明したので、手術中はどなたも立ち会わない、とのことで。
当院では、手術中は、万が一に備え、必ずご家族の立ち会いをお願いしていたのですが……」
ああ、あのときは、色々モメて大変でした、なんて、うるせえな!
堅気のヤツらの事情は、知らんが、今なお、義理と人情で風当たりの強い世間を渡る、ヤクザの世界は色々面倒くさいんだ!
オレサマぐらいの地位ともなるとだな、すわ、入院ともなると、自分の組の舎弟だけじゃねぇ。
近隣の同業者がこぞって、見舞いに詰めかけて来やがるんだ!
それなのに、龍堂組の二代目を張る予定の、現在若頭が『痔』なんて、情けない理由で入院してみろ!
俺だけでなく、組全体の恥になるだろうが!
不機嫌の極みの猛獣のように、ぐるるる、と喉を鳴らさん勢いで雪村センセを睨みつけてやったが、コイツにはちっとも効きやしねぇ。
いっそ、ひょうひょうと、言葉を続けた。
「そう、お知り合いの方皆さんに、絶対秘密の治療だったので、普段山ほどつくはずの、付き人の方も、護衛もなく一人で治療、そして無事に退院して行った、と。そこまでは良かったです。
……そして、今日のコトは?」
「う……ううーーん、と」
そいつは、自分でも思い出せねぇ。
今日、俺は何やったっけ?
ん、で。
どうして、この病院の夜の病棟をうろうろしているんだっけか?
それは、さっき自分でも感じていた疑問だ。
ワケ判らんウチに、苦手な妖怪だか、化け物だかに追いかけられるなんざ、理不尽極まりない。
首を傾げる俺に、雪村先生は低く声を出した。
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