素顔のままで

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素顔のままで

僕は全然お店とか知らなかったので、 和馬に案内されて、こじんまりした雰囲気のいい フレンチレストランに入った。 お店の片隅には白いグランドピアノが置いてあった。 本日のおすすめコースを注文して、スパークリングワインで 乾杯した。 僕は男のくせに酒にはすぐ酔うし食べるのも遅いのだが、 彼女は本当に良い飲みっぷり、食べっぷりで見ていて 気持ちが良かった。 和馬もいける口で、普段でも明るいのにさらに陽気になり、 一人寡黙に食べる僕をよそ目に2人は今日のダンスの話で 盛り上がっていた。 さすがに悪いと思ったのか、和馬が 「おまえ、ピアノ昔から上手だったよな。  中学の合唱コンクールでもいつも伴奏してたじゃないか。  なんか弾いてくれよ」 いつもだったら、絶対断る所だったが今日の僕は違った。 「分かった。今日のお祝いに一曲プレゼントするよ」 まるで自分じゃないみたいにすっと立ち上がり お店の人に許可を取って、ピアノに向かった。 幼い頃、姉のレッスンの付き添いで行く母に連れられ、 聴いている内に曲を耳でどんどん覚えてしまい、 練習嫌いの姉より早く曲が弾けるようになってしまい、 中学までは習っていた。 今でこそピアノ男子は多いけれどその頃は珍しく、 からかわれる事も多かったので嫌だったが、 習うのを辞めてからもポップスなど好きな曲を弾いていた。 両親が古いポップスが好きで良くリクエストされる曲があったので、 それを弾こうと即座に決めた。 弾くのは久しぶりだったが、鍵盤に向かうと自然に 手が動いた。 しゃべりは下手で、いつも思った事の半分も言えない僕だが ピアノを弾くと勝手に思いがあふれ指先に伝わるのが分かった。 夢中で弾き終わると、お店にいるお客さんが全員拍手してくれて 照れ臭かった。 席に戻ると彼女がうっとりした目で、 「とっても素敵な曲!何ていう曲ですか?」 「古い曲で、ビリージョエルの『素顔のままで』っていうんだけど」 「おまえ、やっぱりすごいな。おれは猫ふんじゃった専門だからな。  舞はピアノ弾けるの?」 「私は習わせてもらえなくて、全然弾けないんだけど  昔からピアノが憧れだったんだ。  よかったら私にピアノ教えてくれませんか?」 「おいおい、こいつ弁護士目指してて大変なんだからな」 「すご~い。ピアノが弾ける弁護士さんなんてかっこいい!」 「いいですよ。僕も勉強の息抜きになるし」 「じゃあ、決まり!お願いします。  和君いいでしょう?」 「どうせ、3日坊主で終わりそうだからまあいいか」 「やったー!いつも練習してるダンススタジオにピアノがあって  空いてる時間なら借りられるから来週からお願いしま~す」 「何か弾きたい曲ある?」 「無理だとは思うけど『エリーゼのために』が憧れなの」 思いがけず彼女にピアノを教える事になり、にやけそうになる顔を 抑えるのが大変だった。  
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