嫉妬

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嫉妬

「お前の舌、いいよ。幅が広くてへらべったくて。俺、初めてお前がぺろって舌出したとき。ビールの泡をなめとったときだったかな?絶対これに俺の液を出すって決めてたんだ」 宮内の戯言を聞きながら、鼻の呼吸を止めながら口を閉じ、口の中の冷めて固まり始めた生ぬるいどろどろの液体を一気に流し込む。 まだ経験は無いが、好きな人はいないと言われるバリウムはこんな感じだろうかと、くだらないことを考えながら、少しでも生臭さが消えるように、息を止めたまま何回か唾液を嚥下する。 「お前さ」 やっと呼吸を再開したところで、襲ってきた生臭さは、努力の甲斐もあって、今日はだいぶマシだった。 「なんですか?」 「さっき、がっかりしてたろ?」 「え?」 「結城に彼女がいるって言ってたとき」 一瞬思考が至らず、首を傾げながらフリーズした麻里子を笑いながら、宮内はそのボブカットを撫でた。 「勘違いならいいけど」 そこでやっとわかった。 先程、事務所で、この春から黒田支店に配属された新人営業についてみんなで話していたのだ。その際に、三十代主任の大貫が、「そのルックスじゃ、彼女くらいいるだろ?」と聞いたのだった。 「私、年下興味ないので」 「ふーん。珍しいな。あんなにイケメンなのに。高校時代はファンクラブもあったらしいぞ」 イケメン。まあ、イケメンか。結城の顔を思い出す。 吹き出物一つないような肌に、大きすぎない二重の瞳、通った鼻筋に薄い唇。 確かに学校にいたらモテるだろうな。 興味なさそうな麻里子の顔を宮内はどこか満足そうに見下ろした。 「まあ、あれだな。俺がおっぱいに興味ないのと同じかな」 「え?」 「ほら、知ってるだろ。俺が下半身しか興味ないの」 「おっぱい見ると、牛を思い出すんでしたっけ?」 「そう。小学校の放課後は牛の世話が日課だったからよ。花子。思い出して駄目なんだよな」 言いながら正面から胸を鷲掴みにしようとする。思わずガードした麻里子を見て、楽しそうに笑う。 「でも俺が聞いた話では、おっぱいなんて男のロマンってだけでさ、女からするとさほど気持ちよくないってよ。お前もそうだろ?」 答えを待たずに宮内はカタログ倉庫を見渡す。 納車準備のごとく、指差し確認で情事の痕跡が無いことを確かめると、麻里子を振り返ってドアを開けた。 「時間ずらして出てこいよ」 バタンとドアが閉まる。その後姿に向かって、 「言われなくても」 小さく呟くと、カタログが三十冊包まれた塊に腰を下ろした。
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