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怒る理由
「珍しいな、お前がそんなに飲むの」
宮内は少し眉を下げて眼を細めた。
「何をそんなに苛ついている?」
一歩、距離が縮まる。
「やけ酒は悪酔いするぞ」
その手が頬に触れる。
熱くて、少し汗ばんだ手のひら。
そう。宮内の手はいつもこんなふうに湿っていた。
気がつくと、その手を払い除けていた。
「なんだ。もう俺は用済みか」
宮内の口角が引くつく。
「怒るなよ。お前が勝手に離れていったんだろ。そんなに嫌だったら離れなければよかったのに」
あの甘い香りがする。
何度となく抱き合い、体温を交わし、胸いっぱいに吸い込んだこの香り。
「悪かったよ。麻里子。俺が悪かった」
悪かった?何が悪かったというのだ。
奥さんがいながら、手を出してきたこと?
奥さんの話題を遠慮せずに事務所で出したこと?
私と関係を続けながら、他の女子社員にも色目を使っていたこと?
こっちから一方的に別れたのに、少しも追いすがって来なかったこと?
どれもしっくりこない。
それはそうだ。私はこの男に何も怒っていない。怒る理由がない。
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