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八重蓮華咲き。
淡桃地の大輪が、わたしの目を奪う。花弁基部の淡い色がとても美しい。
「……きれい」
口を衝いたその言葉に、彼が柔和に微笑んだ。
「『羽衣』っていう品種なんだ。江戸時代後期のものらしい」
「……はごろも」
「そう、羽衣」
「わたしの名前と、同じ、だね」
彼は、ふふ、と笑むと、手に持っていた剪定鋏で、その輪の根本を切った。
「……あ」
「はい、羽衣。君にプレゼント」
両掌に収まったそれは、樹形から切り離された不完全なものにも関わらず、変わらず可憐だった。
わたしはそれを大事に、大切に胸に抱え、上目遣いで彼を窺う。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
彼と一緒にやってきた椿園。彼の実家が所持している広大な庭園は、地元の観光スポットにもなっている景勝地。
今日はわたしと彼の貸し切りだった。だからこそ咲き誇る大輪を手折り、こうしてわたしに贈るなんていう大胆なことが出来る。
「椿の花言葉、知ってるかな」
目を伏せ、首を左右に振る。
「薄紅色の椿はね、『慎み深い』『控えめな愛』なんていう言葉があるんだ」
瞠目する。
「君にぴったりな言葉だね」
わたしの頬がこの椿の花と同じように、淡紅色に染まった。
身分違いの恋。
彼は日本有数の資産家の御曹司で、今は有名私立の学生。一方、わたしは母子家庭で育ち、アルバイトで家計を支える苦学生。今通っている高校だって定時制。
周りはわたしたちのことを認めていない。
似合わない、釣り合わない、烏滸がましい――況や、住む世界が違う。
そんなことは分かっている。判っている。解りすぎている。
でも、彼はわたしを見つけてくれた、見初めてくれた。こうして側にいることを許してくれた。
『控えめな愛』
彼が暗喩したその花言葉。
わたしは、その言葉を信じていいのだろうか。
頬を染め見つめるわたしに、彼は優しく笑った。
「君は僕の『椿姫』だ」
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