それは

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「それは、お前にやる」 「はぁぁああ!?」 清々(スガスガ)しい程の真顔だ。 思わず、声が裏返った。 本日の主役は間違いなく、優雁姉。それなのに何故私まで、プレゼントされなくてはいけないのか。 (ハナハ)だ、疑問だ。 しかも、あんだけディス(悪口を言)っていた枝。 更には、石坂さん家は私の家のお向かいさん。 もし私が脳内お花畑で、阿保(アホ)丸出しのまま桃の枝片手に帰ったら、その道中で石坂爺さんと偶然鉢合(ハチア)わせして、落ちる雷を真っ向から受けとる未来を想像するのは安易(アンイ)なことだろう。 (ヒド)い嫌がらせだ。 私が文句を言おと、口を開き掛けた時。 裕太が私から優雁姉に顔を向け、こう話を続けた。 「優雁姉なら、分かるだろ?」 はじめこそ分からなかった優雁姉が、考える素振りを見せる。 (ヨウヤ)くして、意図することが分かったのだろう。 目を点にして見開くと、薄く笑って口を開いた。 「…そう。桃の花ね」 眉尻(マユジリ)を八の字に下げ、困っている?とは違う。 何処か悲しそう。 あまり笑わない裕太も、苦笑いを(コボ)していた。 「ま、そうゆうことだから。…ほら、電車が来るよ」 駅のホームに鳴り響く、目的の電車が来ることを知らせる駅員の声。 間もなく電車はやって来て、扉が開くと優雁姉だけが乗り込んだ。 「またね、二人とも。お姉ちゃん頑張ってくる!」 「夏には帰って来いよ」 「メールと電話するね!」 一言づつ会話を交わし、無情にも響く発車のベルの音。 扉が閉まり ゆっくりと動きはじめれば、とうとう見えなくなってしまった。 優雁姉は今日のこの日、この町から出て行った。
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