宿命

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宿命

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ いつもお読みいただきありがとうございます。 宿命をテーマに「生き残り」と題し、短編のシナリオを作りました。 このご時世に不謹慎な内容かもしれません。 ある方々にとっては不愉快な思いをする内容です。 ご承知の上、お読みいただけると有難いです。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ ○帝国大学大学病院・診察室    牧野悠一(32)と、医師が向き合うようにして座っている。 牧野「治りますよね?」    医師をじっと見つめる牧野。    医師、大きくため息をつく。 ○同・外    ベンチに座る牧野。がくりとし、大きくため息をつく。 藤村ユリ(17)が隣に座っている。 ユリ「セミって地上に出てから、1週間で死ぬって知っているんですか  ね?」    牧野、驚き、ユリを見る。    ユリ、牧野を見て、微笑む。 牧野「すいません。どこかで」 牧野の質問を遮るユリ。 ユリ「いいんです」    牧野、眉間に皺を寄せる。    ユリ、牧野を見て、微笑む。 ユリ「今度のコンクールなんですけど、休んで下さいね」    牧野、驚いた表情でユリを見る。    牧野が質問する前にユリが答える。 ユリ「ただ私のいうことを聞いていただければいいんです」    牧野、眉間に皺を寄せる。 牧野「あなたは?」    牧野を見て、微笑む。 ユリ「ギター弾けないのは今だけだから大丈夫」    牧野、目を見開き、ユリをじっと見る。 ユリ「あの時、美穂さんに景色を見せてあげたくて、窓側の席を譲ってあげ  たんだもん。まさか乗っていたバスにトラックが」 牧野「やめてくれ」    牧野、つい声を荒げてしまい、俯く。 牧野「いったい何なんですか?」    ユリ、微笑む。 ユリ「だから、コンクールにはいかないで下さいってことです」    牧野、立ち上がる。    牧野の携帯電話が鳴る。    ユリが気になるが、電話を受ける牧野。 牧野「すいません。電波が悪いみたいで」    電波が聞こえる先を探すようにして、去る牧野。    去る牧野の後ろ姿。 ユリ「約束守って下さいね」    ○マンション・外観(夜) ○同・牧野の部屋(夜)    遺影に手を合わせる牧野。    遺影をじっと見つめ、自分の両手を広げ、眺める。    ため息をつく牧野。 ○帝国大学大学病院・外    ベンチに座る牧野。    牧野しかいない。    牧野、こぶしでベンチを殴る。 ユリの声「乱暴ですね」    ユリがベンチの隣に座っている。    牧野がユリを睨む。 ユリ「やっと思い出してくれたんですね」 牧野「お前が窓側の席を勧めなかったら」    牧野、手に力が入り、震えている。 ユリ「だって本当に景色綺麗だったんですよ。美穂さんだって喜んでいたじ  ゃないですか」    牧野、怒りで震えている。 ユリ「私だって、死にたくて死んだんじゃないんですよ?」    牧野、ユリから目を逸らす。    ユリ、牧野を見て微笑む。 ユリ「もしかして、同情してくれるんですか?」    ユリ、牧野をきっと睨む。 ユリ「同情されるのが、一番腹が立つってこと知ってるクセに」    牧野、ユリを見る。 ユリ「私、すごくあなたが羨ましかったんですよ。もう気が狂いそうなくら  いに」    ユリ、牧野を無表情で見つめる。 ユリ「私、花火一緒に見に行く約束していたんですよ。ずっと片思いしてい  た人とね」    ユリ、遠くを見つめている。 ユリ「部活でも県大会までいって、ようやくこれからって時に。私、バスケ  部の副部長だったんですよ?」    ユリ、牧野を見て微笑むが、無表情になる。 ユリ「私は、絶対死にたくなかった」    牧野、じっと動かない。 ユリ「一人だけ助かるってどういう気分なんですか?」    牧野、俯いている。 ユリ「あなたは私たちよりも可哀そうなんですか?」    牧野、唇を噛む。 ユリ「コンクール、絶対に行かないで下さいね」    牧野、顔を上げ、ユリの方を見る。    ユリがいた場所には誰もいない。 ○楽屋    牧野が座り、手を見つめている。    同僚が牧野を見る。 同僚「申し訳ないんですけど、コンクールには別の人に代わっていただきま  した」    俯く牧野。 同僚「僕たちも必死なんです。牧野さんなら分かっていただけますよね?」    同僚の携帯が鳴る。    携帯電話をとり、楽屋の外に出る。    俯く牧野、握りこぶしに力が入り、震えている。    こぶしで自分の手を殴る。何度も殴る。 ○マンション・牧野の部屋(朝)    コーヒーを飲む牧野。    カレンダーを見る。    カレンダー、4月1日、コンクールと    書かれた部分に大きくバツが付けられている。    ぼんやり、テレビを見る。    はっとし、テレビのボリュームを上げる。 ○テレビ    アナウンサーがニュースを読んでいる。 アナウンサー「先ほど、イタリアに向かう飛行機が墜落しました。乗員乗客  全員の消息が未だ分かっておりません」 ○マンション・牧野の部屋(朝)    テレビを呆然と眺める牧野の後ろ姿。    遺影を見る。 ○帝国大学大学病院・外(朝)    牧野がベンチに座るユリをじっと見つめる。 牧野「お前がやったのか?」 ユリ「私はあなたには死んでほしくなかっただけです」 牧野「どういうことだ?」 ユリ「忘れられるって、けっこうきついんですよ」   ユリ、牧野をじっと見つめる。   牧野、ユリから視線を逸らす。 ユリ「忘れられるっていうか、美化されるっていえばいいんですかね? だ  んだん私が私じゃなくなっていく感じ?」    ユリ、牧野の手を取る。    顔が引きつる牧野、金縛りに合い、動けない。    牧野は、ユリにされるがままに手を撫でられている。    抵抗するのを諦め、じっとユリを見つめる牧野。 ユリ「私思ったんです。あの時、なんで死ななかったんだって思うあなたこ  そ、死んでいる私たちより、もっと死に近いんじゃないかって」    ユリ、牧野の手を自分の頬に寄せる。    愛おしいものを愛でるように、牧野の    手を頬に寄せたまま、目を瞑る。 ユリ「そうだとしたら、あなたは他の人とは違う。思い出すんじゃなくて、  記憶に刻み込んでくれている感じ? なんていうか同化しているという  か」    牧野の手を放すユリ。 ユリ「だからあなたに死なれてしまっては困るんです。本当の意味で私たち  がいなくなってしまうことに今はまだ耐えられない」    牧野はユリを見つめている。 牧野「なんで俺だけが生き残らなければならなかったんだ?」 ユリ「少なくとも、そんなことを言うためにあなたは生きているわけじゃな  いんじゃない?」 ○舞台(夜)    観客の拍手、喝さいの音。    ピアノの前で、一礼する牧野。
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