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お嬢と竜と新しい関係①
関東龍神会、皇組。
構成員たった十人の極道の一家は、謎の組織『W』を壊滅させ、シマの荒廃を阻止した。
実際に壊滅させたのは、四代目(仮)組長と二体の竜なんだけど、それは皇組だけの秘密となっている。
ヤズ達が喋ってしまわないかとも思ったけど、言った所で多分誰も信じない。
やたらとデカい怪力男が現れて、素手で人をコンクリにめり込ませた!なんて言われてもね……。
薬でもやっていたのかと、思われるだけだ。
幹部の八頭は、リーダーのムトーが消えたことから、結局全ての罪を被って捕まった。
多少気の毒な気はしたけど、ドラゴニクルスへ連れていかれたムトーのことを思えば、きっちり三食食べられて、命の危険のない拘置所の方が何倍もマシである。
レギオンとアランが、ムトーを連れてドラゴニクルスに帰還してから、三週間経った。
皇組では、ムトーにやられて入院していた者も殆ど退院し、いつもと変わらぬ日常に戻りつつある。
一番酷く殴られた高坂と酒本も、傷は残るものの、歩けるまでに回復した。
あの襲名披露の夜、巻き添えをくって襲撃された他の組長方や客人衆も、みんな軽いケガで済んでいたことに私はほっとしている。
ムトーに襲われて絶体絶命の中、忽然と姿を消した私を、組長方はかなり心配してくれたらしく、組員を総動員して探そうかと、躍起になっていたらしい。
だけどやたらと気が利く酒本が「なんとか逃げ延びたんですが、念のため身を隠してます!」と説明してくれていたので、大事にならなかったのだ。
絶対生きていると思いました……と病院のベッドの上で泣き笑いをする酒本に、私は心の底から感謝した。
そして、私にとって最高に嬉しいことも起こった。
三代目組長、祖父の皇京次が長い昏睡状態から目覚めたのだ。
幸い体の方も何の問題もなく順調に回復しており、目覚めて数日で自宅療養に切り替えるお許しが出た。
祖父のお気に入りの掛け軸(扉)は、皇組大広間に戻され、二つ仲良く対で並んでいる。
昇り龍と降り龍。
私は暇があればそれを眺めているけど、光る気配もなければ、動きもしない。
こうして見ると、変な図柄のただの掛け軸で、その先に広大な荒野や渓谷があるなんて考えられない。
ひょっとすると、あれは壮大な妄想だったんじゃないか。
と、彼らがいなくなった今は考えたりもする。
でも……。
私は自身の胸元に手を伸ばす。
そこには、漆黒の鱗と焦げ茶の鱗がひんやりとした存在感を放っていた。
「亜沙子」
大広間で座り込み、掛け軸を見上げる私に、祖父京次が声を掛けた。
ドラゴニクルスのこと。
レギオンやアランや竜族のこと。
ドラゴン族とワイバーン族の戦いのこと。
一連の出来事を私は退院した祖父に全て話している。
それを聞いて、祖父は驚くどころか勝ち誇ったような顔をして、私に言ったのだ。
『ほれみろ、やっぱりこの家宝、いいものだったろうが!』と。
「うん?どうしたの?おじいちゃん……あ、ごめん、三代目……」
「ははっ。なぁに、おじいちゃんでいいぜ?間違っちゃいねぇからよ」
祖父は、よっこらしょと私の隣に座ると、羽織の裾を粋に払った。
「……らしくねぇなァ」
「え?」
「お前らしくないってことよ。ちいせぇクセに妙に肝が座ってて、するっとここに馴染んじまったお前が、呆けたようにここに座ってるだけなんてよ」
そんなに呆けていたつもりはない。
あいた時間でここで掛け軸を眺めているだけだったのに、祖父にはそう見えていたんだ。
「呆けてなんて……」
反論する私に、祖父は笑いながら首を振った。
「いやいや。何年お前を見てきたと思ってやがる。悲しい時や、何かに悩んでる時、いつもお前はそんな顔をするんだよ」
「そんな顔って……どんな顔よ?」
「ほら、そんな顔だ」
からかうように言う祖父に、私はもう反論する気が失せた。
悲しいとか悩むとか、そんな大層なことじゃない。
ただ、なんとなく心に隙間があるような気がしていた。
それが、ドラゴニクルスにいるレギオンやアラン、ドラゴン族のみんなに関係しているのかもはっきりとはわからない……。
「よかったじゃねーか。お前、楽しかったんだろ?ドラゴ……なんとかの国が」
「ドラゴニクルス」
「……おう、それな。こっちじゃ得られないものを手に入れたんだ。友とか……仲間とか……男とか」
「男……って、もう!」
口を尖らせると、祖父は嬉しそうに笑った。
それは紛れもなく、孫を愛して止まない肉親の顔だった。
「お前はいい女だからな、ワシに似て。いい男に好かれるだろうよ?だが、少し素直さが足りねえな?そこはワシに似てないが……」
「ど、どういう意味よ!」
「会いてぇんだろ?」
祖父の言葉は、見事に私の胸を刺した。
四代目(仮)として、みんなを守らなくてはならない。
強く、逞しく。
寂しいなんて……会いたいなんて、言ってる場合じゃない。
そう、思っていた。
「会いたい」と口に出してしまえば終わり。
その思いに引きずられ、止まらなくなるのはわかっていたんだから。
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