お嬢と襲名と襲撃

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お嬢と襲名と襲撃

関東龍神会、(すめらぎ)組。 構成員たった十人の極道の家に私は生まれた。 それがどこにでもある環境ではないのは周知の通り。 跡目を継ぐ筈だった父は、組同士の抗争に巻き込まれ命を落とし、母はどこの誰かわからない。 そんな私に、組長である祖父は出来るだけ普通の生活をさせようと努力してくれた。 裏でどうだったかはわからないけど、私が知っている範囲で言えば、ドラマや映画で見るような極道とは違って、皇組は大家族のようだった。 しかし、一ヶ月前。 祖父が銃弾を受け、病院へ運ばれた。 襲撃したのは『W』という最近頭角を表した謎の組織で、皇組のシマを荒らし、やりたい放題に暴れていた。 皇組は『W』を抑えようとしていたが、それを察知した彼等に先に襲撃を受けてしまったのだ。 集中治療室で治療を受けた祖父は、一命は取り留めた。 でも、未だ眠ったままで目覚めない。 私は暫定的に、皇組四代目を襲名することを決意した。 祖父は必ず目覚める。 それまで、行くあてのない組の皆を私が守る、そんな気持ちだったのだ。 「お嬢!用意は宜しいですか!?」 障子の向こうから、若頭補佐、酒本の声がした。 「うん。大丈夫」 そう言って私は、着物の襟を直し廊下へと出た。 今日は私「(すめらぎ)亜沙子(あさこ)」の組長襲名披露が自宅の大座敷で行われるのだ。 小さい組の暫定的な組長。 そうであるからか、私の襲名はどこからも文句は出ず、あっさりと通ってしまった。 十八歳という若輩が組を継ぐ、という珍事をうまく納めてくれたのは近隣の組長達である。 彼らは祖父の昔馴染みであり、私のことをだいぶ贔屓にしてくれていた。 「もう皆集まってる?」 「はい。浪花会、荒神会、白波会の組長サン達も来てくれてますよ。皆さん、お嬢の組長就任を喜んでくれてます!」 「そう。良かった」 ほっとして言うと、前を歩く酒本がふと立ち止まった。 「どうかした?」 「お嬢。本当にいいんですか?」 「何が?」 「暫定的とはいえ組長になってしまえば、後戻りは出来ません……まだ若いお嬢が、こんな血生臭い世界に身を置くなんて、オレ……」 俯く酒本を見て、私は笑って言った。 「何言ってんの!アンタがそんなことじゃ皇組が締まらないじゃない!ほら、私の花道だよ!笑顔で祝ってよ!」 「お嬢……わかりました!オレ達、どこまでも付いていきますから。何なら、オレが……その……お嬢と……」 酒本は突然顔を真っ赤にし、口ごもった。 「何?」 「いえっ!何でもないです!さぁ、行きましょう!」 何故かギクシャクしている酒本は大座敷の障子を開け、さっと正座すると、私を中へ促した。 騒がしかった座敷内が一瞬で静かになる。 私は用意された朱色の座布団へと向かうと、姿勢を正して座った。 後ろには、皇家家宝の昇り龍の掛軸。 日輪に向かって雄々しく登る龍は素人がみても迫力がある。 ただこの昇り龍、姿が西洋のドラゴンなのだ。 和風の掛け軸に、油絵が描かれているような感じで大座敷で一際浮いている。 でも祖父が言うには、国宝級の代物で主家を守る不思議な力があるんだとか。 私はそんなこと全く信じてなかったけど、嬉しそうに祖父が眺めていたのを微笑ましく思っていた。 その不思議な掛け軸を背に、一息ついて真っ直ぐ前を向く。 末席には黒服を着た迫力のある男達。 私の近くには羽織袴の男達が並んで座り、いろんな思惑を抱えながらこちらを見ていた。 今では然程カタギの人達と変わらないとはいえ、醸し出す雰囲気はやはり消えはしない。 私は羽織袴の祖父の古い友人達へ目を向けると、深く長く頭を下げた。 さて、ここからが大事だ。 意気込みである口上を、失敗するわけにはいかない。 『皇組ここにあり!』と伝えなくてはならないのだ。 私はゆっくり息を吐き、そして吸い込んだ……が。 それとほぼ同時に、俄に廊下が騒がしくなった。 「なんだ!?」 末席にいた客人衆が立ち上がって襖を開けると、赤いシャツを着た男が飛び込んできて、全員が中腰になった。 いや……違う……赤いシャツじゃない!? 男のシャツは『赤い』のではなく、返り血で色が付いていたのだ。 手には拳銃と日本刀。 高い背丈に癖のある金髪で、日本人ではないような印象を受ける。 長い前髪からチラリと見える目は、角度によって真っ赤に見えた。 男は止めようとする客人衆を、ヒラリヒラリとかわしながら、ニヤついてこちらを振り返った。 「亜沙子。あれは《W》の鉄砲玉だ。最近この辺りで好き放題やらかしとるかなりヤバイやつだ。ほら、ちゃんとワシの後ろに隠れとけ!」 荒神会の島田組長が言った。 彼は私が小さい頃、来る度にお菓子やぬいぐるみをプレゼントしてくれて可愛がってくれた人だ。 「いいえっ!それではしめしがつきません!私もここに……」 「亜沙子っ!!()けぃ!」 浪花会の笹塚さんの声に振り向くと、すぐ側に日本刀を振りかざした男がいた。 男は末席にいた屈強な客人衆や、手練れのボディーガードを倒した後、真っ直ぐ私へと突っ込んで来たようだ。 一応ありとあらゆる武道や格闘技は会得している。 女だからと舐められたくなくて、必死で強くなったのだ。 でも、男はそれを上回る身体能力で私に襲いかかってきた。 男の刃をギリギリでかわすが、それでも執拗に追いかけてくる。 まるで、獲物を追い詰めるのを楽しんでいるように、男は笑っていた。 そして、壁に追い詰められ掛け軸を背にした私は、とうとう男に捕まった。 銃口は眉間を捉え、金髪から覗く紅い瞳がギラギラと揺れた。 「くそっ!亜沙子ー!逃げろっ!」 白波会の白瀬さんが男の足を止めているが、男はそれをものともしなかった。 「まだ……死ねないっ!」 私の叫びと同時に銃声が響き、背後からの白い光が辺りを包んでいった。
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