灰色の花と青い花

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灰色の花と青い花

 季節がまた一つ過ぎました。  すっかりせわしなくなってしまった街で、キエザはいつものように店番をしていました。今では店も大繁盛で、接客に3分間さえ満足に使えないほどです。 「はい、次のお客さんどうぞ。注文は手早くね!」  そのお客さんを見つけた時、キエザは声も出ないほど驚きました。灰色のスーツに灰色の顔。随分と来ていなかった懐かしい常連さんがそこに立っていたのですから。 「煙草を巻いてもらえるかな」  気付けば周囲のお客さんの姿は煙のように消えていました。 「ブルーさ――」  言いかけて、キエザは言葉を止めます。BLW/553/Cとは、どこか雰囲気が違うのです。 「何か?」 「いえ、なんでもありません。お客さんがあまりに知り合いに似ていたものだから、勘違いしてしまって」 「知り合いに似ている? お嬢さん、我々のうちの誰かを”憶えて”おいでで?」  灰色の顔をした男は、まるでキエザが悪いことでも言ったかのように聞き咎めました。しかし、それは余りに淡々とした口調だったので、キエザは気付かずに答えます。 「時間貯蓄銀行の人でね。よく来てくれていたの。本当にくだらないことで喧嘩してしまったのだけれど」  そこまで言って、キエザはハッとしました。 「もしかして、あなたも時間貯蓄銀行の……!」  男が頷くのを見て、キエザは言葉を続けます。 「それなら、ブルーさんに。いいえ、BLW/553/Cさんに伝えてください。――また店に来てほしいって。あなたと喋る時間は無駄なんかじゃないって」 「それは無理なことだな」 「どうして!」 「あなたはもう、彼に会うことはできない。彼は死んでしまったのだから」 「そんな……」  灰色の男は鞄から一本の花を取り出します。それは、世にも珍しい灰色の花でした。 「これは、BLW/553/Cが遺した花だ。――きっと、あなたに渡すために」  男は、にやりと頬を歪めます。時間泥棒の持つ灰色の『死んだ時間』を人間が受け取ればどうなるか。それはあまりにも分かり切ったことでした。  彼がこんなことをするにも理由があります。時間貯蓄銀行のことを覚えている人間がいるのは、彼らの仕事にとって酷く都合が悪いことなのです。彼らがやっているのは銀行ではなく詐欺である以上、あくまでこっそり時間を盗まなければいけないのですから。  花を手渡されたキエザは顔を押さえて俯いたまま動かなくなりました。 「――なあ、BLW/553/C。文句があるかい? 君の希望は十分に叶えたつもりだがね」  灰色の男は――CTS/742/Dは誰にも聞こえないくらいの声で呟きます。そして、奇妙なことに気付きました。キエザの肩が震えているのです。死んだ時間を受け取った人間というのは、もっと無気力で無感動になるものなのですが、そういった様子が見られません。  キエザは、目を涙で潤ませて顔を上げました。 「ブルーさん、憶えてたんだ……。あんな一言を。こんなに綺麗な”青い花”、見た事がない」 「”青い花”? ”青い花”だって? 君にはそれが青い花に見えるのか」 「?????」  キエザは、言っている意味が分からないというように、きょとんとしました。 「どういうことだ。死んだ時間に耐えられるのは、我々か、そうでなければ重度の――」  CTS/742/Dは思わず呟きます。  キエザは灰色の花を握り締めます。花はみるみるうちに満開まで開き、あっという間に萎れていきました。  それを見て、キエザは誰にともなく言いました。 「ぴったり3分。最後まであなたらしいわね――」 「……さ、仕事に戻らなくっちゃ。まだまだお客さんが待ってるしね」  キエザは涙を拭うと、何事もなかったかのように元気に笑います。 「ちょ、ちょっと待て。人間というものは、弔いにもっと時間を使うものじゃあないのか?」  その言葉を聞いて、キエザはにっこりと笑いました。これで十分だ、とでも言うように。 「…………」  CTS/742/Dは少しばかり思案してから、口を開きます。 「どうやら、全ては私の取り越し苦労だったらしい。君はもう十分に時間節約主義に染まっているようだ」  CTS/742/Dは、まるで煙のように消えてその場を去ろうとします。その背中に、キエザが声をかけました。 「――そうだ、あなたはどうしてこの店に?」 「足がこちらに向いたのだよ。……たまたまね」  そうして、灰色の男の姿は完全に消えました。  キエザは、誰もいない空間に向けて、小さく呟きます。 「――100点満点だよ、ブルーさん」  灰色の風が街を吹き抜けていきます。  その風の青さを知っているのは、きっとキエザだけでした。  風や空の色が他のみんなの手に取り戻されるには、一人の少女が時間泥棒たちをやり込める時が来るのを待たなければならないのですが、それはまた別のお話。
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