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月次売上の資料は嘘をつかない。店長になって、2年。もう何回ため息をついただろうか。自席でパソコンの画面を見ながら佐田は爪を噛んでいた。午後20時過ぎてこの事務所にいるのは、佐田一人。残業を減らせと本社から御触れが出ているため、整備士たちは作業に段取りをつけて帰宅したようだ。営業の大半は外出先から直帰。本当に直帰しているか、怪しいもので近くのパチンコ屋にいるスタッフも居るはずだ。  (まあ、資料を睨んだところで成績が上がるわけでもないし) 自動車販売店のショールームの隣にある事務所で、ひとり佐田はコーヒーを飲んだ。 佐田がこの店の店長になって1年。以前の店で1年。店長歴は2年だ。2年続けてみて、佐田は気づいたことがあった。 店長に向いてない。管理者に向いてない。 原因は自分の性格になるのだとわかっている。自分の居ないところでスタッフ達がどんな風に言っているか、聞かなくてもわかる。 《偉そうにして》《人にばかり押し付けて》《何も出来ないくせに》 スタッフだけではない。本社の役員や、同期の店長たちにも苦笑されているはずだ。《いつまで経っても全社最下位の店舗》《出世はないだろう》そんなことを言われてるに違いない。 すでに、この状況をどうしたらよいかわからない。頑張ろうとしたこともあったがもう争うのをやめた。とりあえず毎月、凌げばいい。 そんな佐田だが、一人だけまだ負けたくない、と思う相手がいた。来春から支店長に昇格した同期の浅倉だ。 浅倉と佐田は入社直後から、他の同期よりも営業センスが長けていた。月間の販売台数を二人がどんどん稼ぐものだから、同期はもちろん他のベテラン営業たちも舌を巻いてた。若くして店長に就任したのは二人ほぼ同時。どちらが先に支店長まで登り詰めるか、社内で話題になっていた。 だが、店長になって頭角をさらに表したのは浅倉だった。彼は自分だけではなく管理者としても秀でていた。それまであまりパッとしなかった営業スタッフが彼の元に配属になると、売上が伸びる。自然に浅倉が店長となる店は売上がいつも社内トップだった。 かたや、佐田はというと。真反対に、管理者としての度量がない。スタッフたちをどのように育てればよいのか分からない。そして今までの優秀営業スタッフとしての奢りもありプライド高くなってしまった彼に、部下はなかなかついてこない。次第に佐田の店は売上が最下位近くなっていった。 今や佐田が優秀営業スタッフだったことを若いスタッフは知らない。 次第に佐田自身、伸ばしていた背中が丸くなっていった。 とっくに勝ち負けは決まっている。だけど佐田は浅倉に敵意を剥き出しにしていた。 月一回の、本社で行われる店長会議に佐田は出席していた。イライラが止まらずに、店を出る前にミスをした整備士に必要以上に説教をしてしまったことを不意に思い出す。きっと今頃は、羽を伸ばしながら自分の悪口を言い合ってるに違いない。 会議中にそんなことを考えながら、顔を上げる。正面には役員や本部スタッフ。両脇に各エリアの支店長が座っている。佐田は苦々しい思いで支店長席を見た。今回から浅倉が店長席から支店長席に座っているからだ。見なければいいのに、ついつい見てしまう。 そのとき、隣に座っていた他店の店長が佐田の資料をペンでコツコツ、と叩いてきた。 (…?) 佐田が叩いてきた店長の方を向く。見覚えのない顔。一瞬誰だったかと考えたが新任店長であることを思い出した。 机に置いてあるネームプレートをとっさに見た。 (龍崎…ああ) 若くして店長となった今年話題の営業だと思い出す。浅倉や佐田のように販売台数が半端ないと聞いた。そして、浅倉の再来と噂されていた。そこに自分の名前がないのは、なんとも滑稽だ。 「すみません、赤いペン、貸していただけませんか?」 会議中なので、コッソリと龍崎は話しかけてきた。人懐っこそうな顔をしている。佐田は胸ポケットに刺していたペンの予備を抜いて龍崎に渡した。取り出したペンは赤と青。龍崎はキョトンとする。 「良い数字は赤。悪いのは青だと分かりやすいだろ。やるよ」 佐田がそう言うと、龍崎はペンを持ってありがとうございます、と頭を下げた。 (そのうちこいつも俺を置いてくんだろうな) 前を向いて顎に手をやる。ぼんやり見た先の浅倉と一瞬、目があって佐田は視線を逸らした。 (早く終わんねぇかな) 今月もこの会議をのらりくらりやり過ごせば、来月まで何とかやり過ごせる。仕事なんて、惰性でいいんだ。
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