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それからというもの、店の売り上げが少しずつではあるが、上がっていくようになってきた。 全社の中間あたりをウロウロしている。来客数も増えてきて、支店長からも褒められるようになってきた。 まだ続いてる龍崎との飲みの際の愚痴も、ほぼなくなってきた半年後。 店長会議前の月次売上ランキングを見ようとパソコンで資料を開いた佐田は、思わず前のめりになる。 「…三位?」 ランキングの表は、三十拠点ある中の三位を指していた。 「店長、どうかしたんですか?パソコン睨んで」 「ややや、山崎。これ…」 佐田が指差している画面を見て、山崎もギョッとした。 「…えええ!!」 それから事務所は大騒ぎとなった。 *** 「いやー、それにしても恐ろしい快進撃ですね。佐田さん」 いつもの居酒屋で乾杯したあと、龍崎が肴を突きながら笑う。頭をかきながら佐田は照れたようにビールを呑んだ。 乾杯して、もう二時間くらいは経過しただろうか。佐田が少し呂律が回らないながらも、龍崎に話す。 「スタッフみんなが頑張ってくれて。…それまでは俺、誰も信用してなかったし、しよう思わなかった。あいつらが売ればそれでいい、くらいしか…。自分のことばかりで余裕なくて」 「初めに飲みに行った日は愚痴ばかりでしたから」 「や、申し訳ない」 二人で笑い合いながら何度目か分からない乾杯をする。佐田はジッと龍崎の顔を見た。 「なんかついてます?」 「いや、あのとき飲みに行ってよかったなって。というか、お前が誘ってくれたおかげだよ」 「そんな、大袈裟な」 「あの日お前がペン貸してって、言わなかったら、隣じゃなかったらこうやって飲みに行くこともなくて、やさぐれたまま、俺会社、辞めてたわ」 ハハハと佐田は赤い顔して笑っていた。 「…僕もあの時、隣でよかったです。佐田さんとこうして仲良くなれて」 「でも、なんでも俺みたいなネクラと仲良くしたいなんて」 龍崎は少し面食らった顔をする。 「言ったじゃないですか。大学の時から、知ってて佐田さんの絵が大好きだって」 「そりゃ聞いたけどよ」 「こんな素敵な絵を描く人はどんな人なんだろって思ってたんです。大学の時は話できなかったけど、まさか就職先で一緒になるなんて」 「素敵な絵を描く人はネクラだったろ」 「否定はしませんが」 「しないのかよ」 「でも、あのときペン、二本貸してくれたじゃないですか。いい数字は赤、悪い数字は青って。赤ペンだけ、貸せばいいのにわざわざ。とっさにそういうのができるなんて、本当は優しいんだろうなって思ったんです。…ちなみに赤ペン持ってたんですけどね。佐田さんに話しかけたくて」 それを聞いて佐田は照れてしまう。どうも龍崎に褒められると、くすぐったくてたまらない。 ふいに龍崎は時計を見た。 「…そろそろ出ましょうか」 居酒屋から、龍崎の泊まるホテルに向かう途中に、佐田が利用する駅がある。そこまで二人テクテクと歩いた。 ほてった頬に夜風が気持ち良い。 「気持ちよく飲めましたね!次の店長会議、楽しみですね!」 背伸びをして龍崎は笑う。まるで自分のことのように喜んでくれる龍崎に佐田はペコリと頭を下げた。 「本当にありがとう」 「やだな、やめてくださいよー!」 龍崎が慌てて佐田の肩を叩く。 「僕は、別に…佐田さんを思ってやったことじゃなくて」 「…?」 叩いた佐田の肩をギュッと掴む龍崎。 「佐田さん、僕ね、あなたが好きです」 「…え?」 「大学の時から好きでした。…就職先にいたのは知らなかったけど。諦めてたら佐田さんがいたから、もうこれは運命だと」 「ちょ、ちょい…!」 「ネクラなのになんで仲良くしたいって思ったかって、そりゃ好きだから仲良くしたかったんです」 「ネクラを否定しろって」 「佐田さん。ごめんなさい。もう本当は限界なんです!毎回飲みに来てたのも顔が見たかったからなんです!でももう想いを告げたくて。あと、急でごめんだけど、付き合ってほしいんです!!」 「急すぎないかお前!」 「今日、決めてください!だめならもう会いません!連絡もしません!諦めます」 「いま、聞いて今日って、もう帰るのに?!」 一気にまくし立てて喋った龍崎は、ふうと深呼吸して佐田に言う。 「今日決めてくれるなら、部屋に通します」 龍崎のその言葉にギョッとする。 「部屋で決めてくれませんか」 肩を持つ龍崎の手が震えている。まさかの告白に佐田は衝撃を受けたが、ふとこのままもう龍崎との関係が切れることも嫌だと考えた。  どちらにしろこの場で即決なんて無理だ。そう考えて佐田は恐る恐る龍崎に言う。 「…部屋に行く」
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