120人が本棚に入れています
本棚に追加
7
その後。どうしても一緒にいたいと龍崎が言うので結局、泊まる事にした。
シャワーを浴びて、寝巻きになった佐田は冷蔵庫を開けた。お茶の横にちょこんと置いてあるカフェオレが目に入る。
(ん?)
どうやらホテルで準備してる飲み物ではなさそうだ。なら、さっきコンビニで龍崎が買ってきたのだろうか。
コーヒーではなくカフェオレをわざわざ。
「龍崎、このカフェオレ買ってきたの?」
シャワーから出て、頭をタオルで拭いている龍崎はうなづいた。
「うん。佐田さん、朝はカフェオレ派なんでしょ」
「そりゃそーだけど…、ちょっと待て!何で泊まること前提で買ってきてんだ!で、カフェオレ派なのを何故知ってる?」
「だって絶対、佐田さんは付き合ってくれるだろうなって、確証してたからね。何で僕が「今日」を強調したか、分かる?」
「…?」
「今日決めてください、今日じゃないと…ってよく聞くでしょ」
それは車を売るときの常套文句だ。この価格は今日だけ、今日決めないと明日はもうないよ、といったような売り方をたまにする。
「…は、ばっかじゃねーの」
思わず、佐田が笑う。
「とりあえず『試乗』はしたけど、『納車』いつにする?」
次の飲みまで待てるかなー、と隣に座りながら龍崎は佐田にキスをする。
「…お前、本当にアホだな…」
佐田は呆れながら龍崎に手を伸ばす。
「それとカフェオレは何で知ってたんだ?」
「それは逢阪くんに聞いて…ヤベッ」
龍崎は慌てて、自分の手で口を塞いだ。
「は?逢阪…ってお前の店の?」
龍崎の手をつかんで佐田が詰め寄る。観念したように龍崎は話す。
「佐田さんは朝、カフェオレ飲むらしいよ、って逢阪くんに聞いたんだよ。逢阪くん…、あああ言っていいのかな」
「お前、恋人に隠し事すんのか?」
恋人、と言われて、龍崎はカァッと赤くなる。
「逢阪くん…、浅倉さんと付き合ってんだよ。浅倉さんがカフェオレのこと教えてくれたみたいで」
「…はぁ?!」
佐田は頭を抱えた。色んな情報に、脳が追いつかない。龍崎も、逢阪も、浅倉もみんな男だぞ?男で社内恋愛って、何…!
(あ…)
そういえば、と佐田が気付く。龍崎と飲むようになって、浅倉に対するわだかまりとかが全くなくなっていた。それはやはり自分に余裕が出てきたからなのだろうか。
(それにしても浅倉のやつ、何でカフェオレを朝に飲むの知って…)
突然、思い出す。
それは浅倉と佐田が泊まり込みの新人研修の時だった。
朝、自販機の前でばったり会った。浅倉が手にミルクティーを持っていて、自分はカフェオレを買った。
『見かけによらず甘いもの好きなんだな』
『お前こそ、ミルクティーって女子かよ』
笑いながら話をしたことを、思い出す。
浅倉がそんなことを覚えていたとは。
「…佐田さん、怒った?」
おずおずと顔を覗き込む、龍崎。あんなに強引なのに、まるで子犬のようだ。佐田は笑いながら、龍崎の頭をポンポンと叩く。
「怒ってないよ。龍崎…なあ下の名前で呼ばねぇ?」
***
三位になったことは店舗スタッフにとってさらに励みになったらしく、今日も元気な声が店内に響く。
今日は午後から店長会議だ。昨日、店舗スタッフ全員でお祝い打ち上げと称して、たくさん飲んだものだからまだ頭が痛い。
酒を飲んでなかった整備士に、本社まで車で送ってもらい会議室に入る。先に来ていた龍崎が軽く手を振ってきた。
会議では役員に偉く褒められ、これ以上も期待しているとプレッシャーをかけられた。隣の年配の店長が「佐田、ようやく復活だな」とニヤリと笑っていた。どうやら昔の佐田を知っているのだろう。照れ笑いをしながら佐田は頭をかいた。
ちらと前を見ると浅倉が涼しい顔をして座っている。
(こいつがあの整備士と、かあ)
見ていると浅倉と目があってしまい、思わずそむけた。
会議が終わって、資料を鞄にいれていると龍崎が寄ってきた。今日は車で来ていないので店まで送って欲しい、と昨日メールしていた。
一緒に帰れるね、と嬉しそうに返事がきたので思わず佐田はその時微笑んだ。
「喫茶店で、お茶でもして帰らない?」
「そうだなあ。急いで帰る用事もないし…」
嬉しそうな龍崎の後ろに浅倉の姿を見つけて、佐田は龍崎にちょっと待っておくように伝えた。
「浅倉」
「…お疲れ様。上位、食い込んだな、おめでとう」
佐田に声をかけられて、浅倉はちょっと驚いた顔をしていた。ずっと話ししていなかったのだから当然だろう。
佐田が一方的に敵対心を向けていたことも、浅倉のことだから分かっていたはずだ。それでも大人な対応をするのはやはり器の違いなのだろう。
それなら、自分も大人にならなければ。本当の意味で、張り合うために。
「ありがとう。俺ずっと言えてなかったけど、支店長昇格、おめでとう。俺もその位置狙ってくから」
その言葉を聞いて、浅倉がふっと笑う。
「思ったより大変だぞ、車をただ売るのとわけが違うんだ、あの頃と違って」
「だろうな」
二人が笑い合うのを、少し離れた場所から龍崎が微笑みながら見ていた。
「…そう言えばお前まだミルクティー飲んでんのな。支店長になったんだからいい加減、甘ったるいのやめとけよ」
「は?ちょっとそれ、誰に聞いて…」
浅倉は慌てながら龍崎の方を見る。龍崎は不穏な空気を感じ取り、逃げようとした。
「逢阪くんによろしくな」
トドメの佐田の言葉。あっという間に浅倉の顔が真っ赤になる。佐田は手を振って龍崎の元に駆け寄っていく。
「りゅ、龍崎!!お前…!」
後に残ったのは、真っ赤になった浅倉だけだ。笑いながら、佐田と龍崎は本社を後にした。
***
「久しぶりに絵、描こうかなあ」
ベッドで天井を見ながら、佐田がポツリとつぶやいた。佐田に腕枕をされていた龍崎が、佐田の方を見て嬉しそうに笑う。
「描いて!あの空の絵みたいにさ、綺麗な絵、描いてよ。人物像を描くならモデルするよ!」
どこかで聞いた台詞に、佐田は思わず吹き出した。
「まあ、そのうちな」
【了】
最初のコメントを投稿しよう!