魔王と勇者と

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魔王と勇者と

「魔王アムル―――ッ!」  その身より眩い光を発した、正しく白の麗人と化した勇者カレンが、相対する人物の名を叫び疾駆する。  その声音は決して甘やかなものではなく、どちらかと言えば仇敵を前に叫声を発しているかのようである。 「勇者カレン―――ッ!」  そして、その声を向けられた黒の魔神、魔王アムルもまた、彼女の声に叫呼し、白色の聖女へ向けて猛進していたのだった。  互いに暗色と聖光を纏った2人は、真っ直ぐに突き進みそして……激突した。  その衝突の波動は凄まじく、ただ一合組み交わしただけで、周囲の柱と言わず壁と言わず屋根と言わず。  魔王の間を形成し支えていた石組を、大きく破壊していたのだった。  魔法に高い耐性を与えて建造されていたはずの魔王城が大きく破壊されたことに、その様子を脇で見つめていたバトラキールは深いため息をついていた。  もっとも、現在戦っている魔王アムルと勇者カレンにとって、そんな些事(・・)など本当に気に掛けるほどの事など無かったのだが。 「ハァ―――ッ!」 「ウオオォォ―――ッ!」  光りを纏い、勇者カレンはその手にした剣を神速で無数に繰り出す。  そして黒の魔王であるアムルは、その攻撃を硬質化された両手でもって防ぎきっていた。  世界最硬度を誇る神輝石たるオリハルコン製の剣をもってしても、そして勇者たるカレンの技量を駆使しても尚、魔神と化しているアムルの両手を傷つけるのは容易な事ではなかった。  もっとも。  その様な事などアムルは勿論の事、攻撃を仕掛けているカレンとて承知しているのだろう。  双方共、その事について驚いた素振りは見せなかった。  ただ無心に剣を振るい、そして拳を繰り出していた。  2人の攻撃は相手に防がれ、繰り出された攻撃は見事に防ぎきり。  それはまるで永遠に続く見事な輪舞(ろんど)のように……そして千日手の様相さえ見せていたのだった。  勿論、2人がその様な舞踏まがいの攻防を良しとするわけもない。  図らずも、殆ど2人は同時に後方へと下がり、距離を置いて相対する事となった。 「やるわね……。さすが、魔王という所かしら?」  まるで疲れた様子を見せることも無く、そして吐息の一つも乱す事無く、カレンがそう言葉を吐いた。  その物言いは、どこか呆れたようでもあるのだが、満足しているかの様でもあった。  そしてそれが証拠に、彼女の瞳は言葉とは裏腹に、爛々と輝きどこか楽しげである。 「そういうお前も、流石は勇者だな」  対するアムルの返答も、カレンを最大限に賛辞した言葉であった。  彼もまた疲労はおろか、汗の一筋でさえ掻いてはいない。  この魔王の間を随分と見通しの良い状態とした先ほどの激突でさえ、今の2人にとってはほんの挨拶程度でしかなかったのだった。  ただし。  互いに満足しうる相手を前にしても、その状態を(・・・・・)長に続けることが(・・・・・・・・)出来ない(・・・・)のは、やはり双方ともに同様であったのだが。  それを物語るように、2人の対峙はそう長い時間続く事は無かった。  スッと。  なんの前置きもなく、カレンがその左手をしなやかに持ち上げる。  いっそ優雅ともいえるその動きだが、彼女を前にするアムルには、それに魅入る様な真似は出来なかった。  眼前に立つ白き美姫は、ともすれば己を即座に絶命せしめる力を持っているのだ。油断など、出来ようはずもない。  そしてそれを立証する様に、カレンの掌がわずかに光り輝いた。 「つおっ! ……いきなりかよっ!」  青白く発した光からは無数の稲光が発生し、そのどれもが違うことなくアムルに直撃したのだ。  ほとんど同時にアムルは、自身を中心にして球状に魔力を展開し、その防壁でもってその攻撃を防いで見せたのだった。  魔法の詠唱もなく、そして威力は絶大。  これこそが、カレンが今行使している「聖王剣」の能力の一端であった。  魔法とは、魔力をもって世の事象を再現しているに過ぎない。  魔力が……魔法力が強いほどに、そこで顕現される魔法はその強さを増す。  それでもそれは、術者が人為的に作り出している現象に過ぎなかった。  どれほど強力であっても、自然の猛威を模しているものでしかないのだ。  つまるところ魔法とは、この世の理に働きかけている精霊の力、その一端を模倣したものに過ぎないと言える。  そして今、精霊をその配下に置いたカレンの使う攻撃は、正しく自然現象を強力にしたものであった。  人が、その猛威に畏怖し、そして憧れ、終には魔法と言う形でこの世に再現した魔法を、カレンはその「原初の姿」のままで再現させ、更にはより強力に放っていたのだった。  元々の成立ちからして違うのだ。純粋な威力が大きく異なっていても、それは当然だと言って良かった。  カレンは続けて、右手から焔を放った。  先ほどと同じように、やはり魔法を唱えることも無く、無造作に突き出した掌から、そうだとは思わせないほど猛る火焔をアムルへと向けて放出したのだ。  ほんの僅かな間で、アムルは全身をその焔に呑まれた。  カレンの繰る焔撃は、その強烈な温度を表すように、周囲の赤から中心に向かう程に白く燃えている。  高温を告げるその白炎が容赦なくアムルを包み込み、その全てを灰に帰そうと猛威を振るっていた。 「ずあっ!」  そんな獄焔の中からアムルの発する気合一閃、彼を取り巻いていた焔は一瞬で霧散して消えうせた。  高熱を発する焔を受けても尚、アムルの烈烈たる気迫はそれらを上回り、彼を害する事は能わなかったのだった。  そんなアムルを、カレンは無表情に、然して驚く様子も見せずに見つめていた。  それはそのまま、その攻撃で彼を仕留められるとは考えていなかったことを指している。  そしてアムルもまた、カレンの攻撃がまだまだ序の口であると察していた。  代償を払い(・・・・・)精霊を配下に置く「聖王剣」。  その攻撃がこの程度などとは、アムルも考えていなかったのだ。  ただし、それはアムルも同じこと(・・・・・・・・)。  代償を支払いこの場に立っているのは、何もカレンだけでは無かったのだ。  カレンの攻撃を受けるだけに留めていたアムルは、即座に反撃へと転じた。 「……くっ!」  黒の閃光と化したアムルは、瞬時にカレンとの距離を詰める。  精霊の加護を受けているカレンに、その精霊が具現化させる現象を模した魔法など無意味でしかない。  どれほど高位で強力な魔法であっても、自然界に存在する事象を用いた攻撃では、その全てを彼女に無効化されてしまう。  それは、先ほどの前哨戦でも立証された事実だった。  そして、この世界に精霊の恩恵を受けていないものなど、まず存在しないのだ。  ならば、今のカレンに向けて魔法攻撃を仕掛けるのは愚策でしかない。  今のアムルにとって(・・・・・・・・・)貴重ともいえる魔力(・・・・・・・・・)を、その様に無駄な攻撃で消費する事は出来なかった。  そして、摂りうる手段は、そう多くはない。  その一つが、カレンに向けての直接攻撃……接近戦である。  さしものカレンも、近接戦闘を用いられては精霊の恩寵を存分には発揮出来ない。  人体とて、精霊の働きを多く受けている。今のカレンならば、その精霊を繰り優位に事を進める事も出来たかもしれない。  だが、目でも追えない動きを見せ、捌き切れない攻撃に晒されては、その精霊に働きかけて策を弄する暇など無かったのだった。  今のカレンに出来る事は、アムルに負けないほどの動きを精霊の力で得、彼の攻撃を受け続ける愚を犯さない事だけだった。 「ふふ……うふふふっ!」 「はは……あはははっ!」  計らずもそれは、先ほど2人が見せた攻防そのまま。  しかしそれは、先ほどよりもより眩い光を発した2人の、黒と白の交錯した情景であった。
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