第3話 おかしな関係

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第3話 おかしな関係

一 元妻と今妻  なんだか急に元妻と今妻が接近し始めた。というより、今妻のほうが元妻に積極的に近づいていると言ったほうがいいのだけど。でも、おかげで自分はへんな疑いから解放され楽になったと言えるのだが、何か別のトラブルが起きそうで怖い。  案の定、最近になって元妻から電話が入った。 「あのさあ、お宅の奥さんが私になついて困ってるんだけど」 「なんかそうみたいだけど、それってあなたのプレゼンのせいだと思うんだけど」 「それはそうなのよね。でも、あんなにハマるとは思わなかったもの」 「いったい何をしたの?」 「何をって、あの子の心をつかんじゃったのよ」 「どういうこと?」 「それは男にはわからないこと」  言ってることが俺にはさっぱりわからない。 「あっ、そう。で、俺にできることがあったら言ってよ」 「それはねえ、あなたにしっかり彼女をつかまえておいてほしいってこと」 「それは今までもしているつもりだけどねえ」 「もっとちゃんとやれ」 「わかりました」  元妻の強い口調に思わずそう答えたけれど、今まで以上にできることなんてないと思う。  元妻の心配の通り、今妻の行動はエスカレートしていった。元妻のスケジュールを訊き出して、元妻が自宅で仕事をする日には押しかけていって飲み物を用意したり、片付けの手伝いをしているらしい。最初は鬱陶しがっていた元妻だったが、そのうち今妻を仕事のアシスタントとして使うことにしたようだ。さすが元妻。ただでは起きない。そのせいで元妻から文句は来なくなったが、今妻が元妻のところへ行く頻度が増え、山本家がないがしろにされ始め迷惑している。 「じゃあ、私、これから麗奈さんのところに行くから」 「ええー、また行くの?」  夕食が済んで、コーヒーでも淹れてもらおうかと思っていたところだった。 「だって、麗奈さん今忙しいらしいのよ」  そう言う妻は、一刻も早く行きたいのかそわそわしている。 「そうかもしれないけどさあ。それで何時ごろ戻ってくるわけ?」 「う~ん、わかんない。じゅんちゃんに寂しい思いをさせてごめんね」 「いいけどさあ」  いいわけはないので、言葉で拗ねてみた。すると、いったん部屋を出ようとした妻が戻ってきて俺の頬にキスをした。 「今度ゆっくりね」  そう言った後、ウインクまでして去って行った。  ーどういう意味?ー  俺はテレビ画面に向かってひとり言を言っていた。  結局、その日妻が戻って来たのは深夜0時を過ぎていた。 二 元妻へ直談判  そんな日が続き、さすがに苛立ちを覚えた俺は、お門違いかと思ったが元妻に文句を言うことにした。今妻に行っても馬の耳に念仏状態だったので。  再びモナトリエで元妻と隣り合わせに座っている。 「何だって言うの?」  昨夜メールで用件は言わず、急ぎで相談したいことがあると呼び出した。 「うちの妻の件だけど」 「なんだ、杏樹ちゃんのこと」 「杏樹ちゃん?」 「えっ、杏樹ちゃんでしょう」 「そうなんだけど、君が杏樹ちゃんって言うの初めて聞いたような気がするからさあ」 「そんなのどうだっていいでしょう」  どうだってよくない気がしたけれど…。気の弱い俺はツッコむことができない。 「まあ、そう言われてしまえばそうなんだけど…」 「で、用件は何なの?」 「最近、君のところに入り浸り状態じゃない、うちの妻」 「そうかもね」 「そうかもねって、どうなの?」 「どうなのって言われてもねえ。言いたいことがあったらはっきり言いなさいよ」 「いや、そのお~、君は迷惑じゃないのかなと思って。前はそう言ってたし。それに、うちの事もおろそかになっているし」 「彼女がどうしても手伝いたいというからしてもらっているだけ。お宅の家事がおろそかになっているかどうかは私の責任外」 「う~ん、そうなのかもしれないんだけど、正直困ってるんだよね。助けてくれないかなあ」 「まったく、しょうがないなあ。一応、私のほうからも杏樹ちゃんに言って見るけど、あの子夢中になると他人の言葉が聞けなくなるみたいなのよね」 「そこを何とか頼むよ」 「わかった。とにかくやっては見るけど、元に戻る保証はできないわよ。杏樹ちゃんの場合、きつく言ったら泣き出しちゃいそうだし。あの子、かわいいのよね」  ーあの子かわいいのよねー  だって。  元妻の今妻に対する態度が全然変わってきていることに驚く。  なんか微妙な感じだ。  でも、元妻から話してくれるというので、それに期待することにした。 三 事件発生  しばらく様子を見ていたが、あまり変わらないどころか、最近では泊まり込む日すら出てきて辟易している。  そんなある日、ついに事件が起きた。  俺が3日ほどの大阪出張から夜に帰宅した時のこと。今妻が珍しく出迎えてくれた。 「出張お疲れ様です」  玄関に出てきた妻が優しい笑顔で言った。一瞬、楽しい新婚時代を思い出し、危うく涙が零れそうになる。まずい、俺の涙腺は今崩壊しつつある。 「うん」  妻に鞄を渡し、二人でリビングに入る。 「じゅんちゃん、食事は済んでるの?」 「駅弁を食べてきた」 「そう。じゃあ何か飲む?」  妙に機嫌がいい。それに、今日は元妻の元へ出かける気配を見せない。 「う~ん、とりあえずビール」 「わかった。ちょっと待ってて」  缶ビールとグラス、それにおつまみをお盆に乗せて持ってきた。 「はい」  お盆ごと俺の前に置いた後、妻は俺の対面に座った。 「ん?」  なんとなく違和感があった。 「お話があるの」  そう言われ、急に身構えた俺だったが、当の妻には笑顔の花が咲いていた。いったい何なんだろう。 「何?」  もじもじしている妻。 「どうしたの?]  今度は優しく訊いてみる。 「あのね。できちゃったの」 「できちゃった?」  ここのところいろいろあって、そうしたことは致した記憶がない。 「そうなの」 「て、赤ちゃん?」 「えっ、やだー。エッチー。違うわよ」  エッチと言われる筋合いはない。 「じゃあ、何?」 「私、麗奈さんとできちゃったの」 「えっ、どういうこと?」 「だからあ、麗奈さんとそういう関係になったっていうこと」 「……」   絶句というのは、こういう時を表す言葉なんだと実感する。 「驚いた? 驚いたよねえ? 驚かせてごめんね」 「……」  まだ言葉がでない。 「実は、私、レズよりのバイなの」 「レズよりのバイ?」  そんな言葉があるのかどうか知らないけれど…。 「そう。だから、ずっと結婚しなかったの」  そういうことだったのか。こんなかわいい子がなぜこの年まで残っていたのか不思議だったけど、その謎が解けた。だからと言って嬉しくもないが…。しかし、これは俺が浮気をされたことになるのか? 「そう…。それでこれからどうなるの?」 「私、麗奈さんもあなたも両方好きだから、これまでと変わらないよ」 「ふ~ん」  自分の思考力と感情が追い付いていかない。 「ねえ、じゅんちゃん、私のこと嫌いになった?」 「なんかわかんないや」  正直な感想だった。 「そんなこと言わないで。今度麗奈さんと3人で話そうね」  3人で何を話すというのだ。 「考えておきます」 「なんか冷たい」 「しょうがないでしょう。突然のことで、頭が爆発しそうなんだ。俺だっていろいろ考えたいよ」 「わかった」  その日、今妻は元妻のところへは行かず自室に戻った。一人残された俺はリビングで固まっていた。晴天の霹靂、寝耳に水、藪から棒。  頭の中がぐちゃぐちゃで、どう考えたらいいかわからなくなっていた。とにかく、一度元妻に問いただす必要があった。 四 元妻の告白  翌日の昼休みに元妻に電話を入れる。 「今度は何?」  いきなり苛ついた声に迎えられる。 「うちの杏樹のことなんだけど…」 「だから、彼女には伝えたわよ」  元妻は先日の件だと思っているようだ。 「そのことじゃなくてさあ」 「ん?」  本当にわかっていないようなので、はっきり伝える。 「うちの杏樹とできちゃったらしいじゃない」 「ああ、そのことね」  今妻は重大な出来事として告白したが、元妻にとっては軽い出来事のようだ。 「簡単に言わないでよ。おかげでうちの中はぐちゃぐちゃになってるんだから」 「ぐちゃぐちゃになってるのは、あなたの頭の中だけでしょう」 「まっ、そう言われればそうなんだけどね」 「仕方なかったのよ。杏樹ちゃんがどうしても私を抱いてくださいって言うもんだから。それに、私、男にうんざりしていたところだったし、いいかなとも思って」 「だからって。君もそっちのけ、あったの?」 「そっちのけ? 差別用語使うな」 「あっ、すいません」 「実は、私、バイ寄りのレズなのよ」 「バイ寄りのレズ?」  今度はバイ寄りのレズってか。  晴天の霹靂、寝耳に水、藪から棒。 「初めて聞いたよ」 「そうでしょうね、初めて言ったんだから」 「しかし、驚いたなあ」 「そんなことでいちいち驚くな、このご時世に。私、見た目も性格もこんな感じじゃない。だから、中高時代から女の子にモテたのよ」 「それはわかるなあ。俺も君のそういうところに惹かれた部分もあるし…」 「あなたって、女の子みたいなところあるもんね」 「ええー、そうかなあ。そうかも」 「そうよ。今頃気づいたの」 「自分では男らしいと思ってたんだけど」 「どこがよ。俺とか言っちゃってるけど、物の考え方とか性格とか、まるで女の子だからね」 「心外だなあ」  と言ってはみたものの、案外当たっているかもしれない。 「ということで、前からちょくちょくそういうこともあったのよ。それで、同類の子はすぐにわかるわけ」 「で、杏樹も…」  餌食にされたと続けようとして言葉を飲み込んだ。そんなことを言ったらしっぺ返しが予想されるので。 「そう。あの子も一目見た時からわかった」 「だから、杏樹を説得できる自信があったんだ」 「その通り。イチコロだったわよ。だから、あの日二人きりにしてもらったの。言葉で説明したけど、目で落とした」 「君のその目ね。確かに杏樹もそんなこと言っていた」 「ただ、魔法が効きすぎちゃったみたいね」 「魔法かあ。確かに今の杏樹はそんな状態かも」 「魔法はそのうち解けるから心配しないで」 「そうかなあ」 「あの子、バイでもあるから、あなたの魅力を再認識する時があると思う。だから、あなたが今できることは、最初に杏樹と出会った時に彼女にしたことをしてみることね」 「なるほど」 「ただ、私への思いが完全に消えることはないと思うので、そこは覚悟しておいて」 「そうか…」  今の妻の様子を見ていたら、きっとそうなんだろうと思う。でも、元妻から聞いて少し気が楽になったし、自分がやるべきこともわかった。 五 俺の作戦  元妻から言われた通り、杏樹と出会った時のことを思い出してあれこれ試してみたが、元妻がかけた魔法がよほど強いと見えて残念ながらほとんど効果がなかった。  そこで、俺は最終兵器を使うことにした。これまで一度も使ったことがなかったけれど、自信はあった。相変わらず、妻はせっせと元妻のもとへ通っていたので、最終兵器を用意する時間はたっぷりあった。特に、妻が元妻のところ泊まるという日を中心に作業を進めた。間もなく、それも完成する。自分でもそのレベルの高さには驚いている。後はいつ妻に仕掛けるかだけだ。  ちょうどいいタイミングが近いうちにあることに気づく。それは杏樹の誕生日だ。 「ねえ、あんちゃん」 「何?」 「来週の金曜日、あんちゃんの誕生日じゃない」 「うん」 「今年の誕生日はお隣さんも呼んで派手にやらない?」 「ええー、麗奈さんも呼んでいいの」 「だって、今のあんちゃんにとってお隣さんは大事な人なんでしょう」 「じゅんちゃんに理解してもらえて、私、幸せ」 ー理解してるわけじゃないんだけどねえー 「俺はあんちゃんが幸せであることを、いつも一番に思っているから」 「優しい」 「それで、誕生パーティの準備は俺がすべてやるから、当日あんちゃんはお隣で待っててくれる?」 「ひょっとして、サプライズ的な?」  間違ってはいない。ただし、妻が想像しているものとは違うけど。 「うん、そうそう」 「ええー、楽しみぃ」 「でしょう」 「じゅんちゃん、やるー」  すっかり乗り気だ。どうやらうまくいきそうだ。  そして、当日。  パーティグッズ専門店に行き、飾りつけグッズや小物類を買ってきて準備を整えた。食事は知人の店に頼んで、タイミングを見て運んできてもらう。後は最終兵器の制作にに入るだけ。いつもより時間をかけ、丁寧に作り込んだ。完成したのは、午後8時だった。ちょうどいい時間帯だ。早速、お隣にいる今妻の杏樹に電話する。 「準備できたよ」 「そう。じゃあ、そっちに行っていいのね」 「いいけど、まずはあんちゃん一人で来てね。お隣さんは、あんちゃんに見てもらった後に呼びたいんだ」 「わかった。じゃあ、私一人で行くね。待ってて」 「うん」  それから5分後、玄関が開く音がした。いよいよやってくる。 「トントン」  今妻がリビングのドアをノックした。いきなり開けちゃまずいと思ったのだろう。 「どうぞ」  サプライズの内容を確かめるように、そっとドアを開ける妻。 「えっ、何?」  今妻は自分の目が捉えているものが何なのか、一瞬理解できなかったようだ。 「ど、どういうこと?」  俺が応えないので、妻は自分で自分に問いかけている。 「もしかして、そこにいるのはじゅんちゃん? そうでしょう。そうよね?」  動揺しているのか同じ言葉を繰り返している。首だけで軽く頷くと、妻が走り寄ってきた。好みぃ」  そう、私の最終兵器は女装姿だった。きっとこれなら杏樹の心を取り戻せると思ったのだ。妻のウィッグをつけ、妻のシャベートパープルのフレアスリーブのプリーツワンピースを着て、ばっちり化粧をして待っていた。もちろん、除毛クリームでムダ毛の処理もちゃんとした。 「どう?」 「信じられないくらい、かわいい」  どうやら作戦(最終兵器)は成功したらしい。 「やったあ」  訓練に訓練を行いマスターした女声を出してみる。 「ええー、声まで女の子。待って、待って。今麗奈さんを呼んでくるから」  そう言って、俺の返事も待たずに部屋を出て行った。そして、しばらく経って今妻が元妻を連れて戻ってきた。 「麗奈さん、早く、早くぅ」 「何よ、いったい」  元妻には何も知らせず引っ張ってきたらしい。今妻の後からリビングに入って来た元妻は私の姿を見て立ち尽くしていた。 「麗奈さん、紹介します。じゅんこちゃんです」 「なんてこった」  元妻の第一声は思いの外間抜けだった。 「すんごいかわいいでしょう。ひょっとして、麗奈さんのタイプだったりして」 「いやあ、そんなことより何で? あなた女装癖あったの?」  元妻がこういう冷めた反応をすることは想定済みだった。 「アタシ、女装寄りのバイなの」 「何それっ。だいいちその声」  元妻はまだ受け止めきれないでいる。 「いいから、いいから、麗奈さんもこっちに来てよ」  今妻に言われ、俺の近くに来る元妻。 「でも、どう見ても女の子にしか見えなくないですか、麗奈さん」 「確かに上出来よね」  元妻が俺の顔を下から覗き込む。その通り、上出来なのだ。色白、もち肌がようやく役に立った。その顔は、元妻と今妻の中間タイプになっていて、実は自分の理想の女性の顔に仕上がったのである。どうやらこれで女装をやめられなくなりそうだ。 「麗奈さん、これで私たち3姉妹になったと思いません? なんかすごく嬉しい」 「う~ん。私は複雑な気持ち。ただ、杏樹ちゃんがそう思いたいならそれでいいけど」 「やったー、良かったじゃん、ね。じゅんこちゃんが長女で、麗奈さんが次女、そして私が三女で、美人三姉妹の出来上がりぃ」  今妻がそう言って俺に抱きついてくる。だけど、果たしてこれで良かったのだろうか…。  女装した自分の顔が、この中で一番好きだということは、自分は元妻も今妻もいらないことにならないか。『今俺』だけで生きていくのが一番のような気までしてくる。なんか自分はおかしな道に迷い込んでしまったか。 「じゃあ、ともかくこれから杏樹ちゃんの誕生パーティを始めましょうか」  元妻が気を取り直して仕切り始めた。さすが冷静な元妻。 「賛成、というかお願いします」  すでにノリノリの今妻。とりあえず、ケーキの前でハッピーバースデーを歌い、今妻がケーキカットをする。 「おめでとう、杏樹ちゃん。いくつになったの?」 「い~わない」  などというくだらないやりとりがあった頃、料理が届き、パーティに移った。それからは、単純な飲み会のようになったが、なにせその日は俺の女装姿があったため、とんでもなく盛り上がってしまった。  最初は俺のことを怪物でも見るような顔をしていた元妻だったが、酒が入ったら一番乗って、俺の女装に食いつき始めた。「しかし、この女、悔しいけどかわいいよね」とか言い出すと、「そうでしょう、麗奈さん。でも、ダメよ、私のじゅんこちゃんなんだから」と今妻。「何けちくさいこと言ってるのよ、もとはといえば私のものなんだから」と元妻。そんなことで、今妻と元妻で俺の取り合いをするという事態にまでなっていた。  さらに、興に乗ってきて、今妻と元妻の二人が両サイドから俺にキスしてきたり、「ねえ、ねえ麗奈さん見て。このじゅんこちゃんのお肌。モッチモッチだから」と言って、俺の頬を触ってくる今妻。そうかと思えば、元妻は俺のスカートをまくり「足きれい」「中はどうなってるの」とか言い出したりで、ハチャメチャな展開になっていった。  最後はみんなぐでんぐでんに酔っ払い、気がつくと3人とも酔いつぶれていた。ああ、こんなことでいいのか…。
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