私は私であなたも私

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「梨沙!梨沙!ねぇ!梨沙!返事してよ!ねぇ!私を一人にしないで!ねぇ!お願い!」 誰もいない家に私の叫び声だけが響き渡る。梨紗が動かない。息もしてない。そして、だんだん冷たくなって来た。もう、梨紗は死んでしまったのだ。私はこれから一人で生きていかなければならない。 ********************  私の持つ最も古い記憶。幼稚園に入る前だろうか。お母さんが帰って来ず、お腹が空いて梨紗と一緒に冷蔵庫の中などキッチンのあらゆる場所を漁って、食べ物を探した記憶だ。その頃からずっと食べ物を漁っていた記憶しかない。お母さんは料理をしないから冷蔵庫に食べ物は対して入っていない。マヨネーズを舐めて過ごしたり、お母さんが食べ残して捨てたお弁当やお惣菜の残りを食べたりしていた。お母さんはいつも夕方頃に出かけて、外が明るくなり始めた頃帰ってくる。そして、私たちには目もくれず寝てしまう。 「お母さん、お腹すいた…。」 「はぁ、うるさいわね。これでも食べときなさい。」 そう言ってお母さんは私たちの前に食べかけのお弁当を差し出した。中身はほとんど残っていない。それを私と梨紗は分け合って食べていた。  母親はシングルマザーだった。私たちの父親が誰なのかはわからない。幼稚園に入り、お迎えにお父さんが来ている子たちを見てふと疑問に思いお母さんに聞いたことがある。私たちのお父さんはだれ?どこにいるの?なぜ一緒に暮らしてないの?って。 でも、帰って来た答えはそんなの知らなくていい。あいつのことを思い出させるな。だった。優しいお父さんがいつか私たちのもとに来てくれると思っていたのに。梨絵、梨紗!って優しく抱きしめてくれると思っていたのに。そんな幻想ははかなく打ち砕かれた。でも、幼稚園に入ってからは楽しかった。幼稚園では先生が優しくしてくれるし、お昼ご飯もおやつもある。  私たちが幼稚園に入った頃からお母さんは夜、家にいるようになった。それが嬉しくてご飯を一緒に食べてくれたり、幼稚園の先生みたいにギューってしてくれたりするかと期待したけれどそうではなかった。 「はぁー、あんたたちのせいで遊ぶお金がなくなったじゃない。あいつからもらったお金も尽きたし。あぁ、働きたくない!お前らのせいだ!」 そう言ってちょっとでも、うるさくしたり、何か壊してしまったりすると強くビンタされた。蹴られたこともある。そして、相変わらず幼稚園が休みの日は夕方出かけて、朝まで帰ってこなかった。相変わらず、生ゴミや冷蔵庫を漁る日々。  そんな日々に変化が見られたのは幼稚園の年長に上がった頃だった。お母さんが一晩中いないことがなくなった。大抵は夕方出かけても暗いうちに帰ってくるようになった。たまに朝やお昼から出かける日もあったがそれでも、夕方や夜には帰って来ていた。そして、なんだか毎日楽しそうだった。怖かったお母さんの顔が穏やかになって、携帯を見て微笑むようになっていた。私たちは相変わらず放置されていたがちょっとしたことで叩かれたり蹴られたりすることはなくなった。そんな穏やかな日々が続いた夏の終わり頃のある日、お母さんが男の人を連れて帰ってきた。背が高くて若い男の人。 「おおー、本当によく似てるな!」 その男の人は私たちを見てそういった。どっちがどっちだ?訪ねてくる。私も梨紗も見知らぬ男の人の登場にびっくりしていた。でも、幼稚園の先生のように優しそうな笑顔と声に警戒心が解け、口々に自己紹介をした。 「私が梨絵!」 「私が梨紗だよ!」 「そうかそうか。にしても似てるな。同じ服着てたらわからないな。」 お兄さんはニコッと笑って撫でてくれた。大きな優しい手。私たちも幼稚園のお友達のように仲良く家族で出かけられるかもしれない。そんなの期待が胸をよぎった。でも、すぐにお母さんと別の部屋にいってしまった。そして、明け方じゃあなとだけ言い、お母さんに見送られ、家を出て行った。それからお兄さんは毎週土曜の夕方に家に来て日曜の朝に帰るようになった。私たちには多少話しかけてはくれるが別に遊んでくれるわけではなかった。それでも、叩かれたり、蹴られたりすることがないから私も梨紗も幸せだった。お兄さんが家に来始めてから2週間ほどして、お兄さんは家に住むようになった。結婚したらしい。要するにお父さんになったのだ。特にお母さんからもお兄さんからも結婚したとは教えてもらえなかった。でも、そういうことなんだろうと思い、ある日の夕方お母さんとソファでテレビを見ているお兄さんのところに行き、 「お父さん!」 と呼んでみた。私も梨紗もお兄さんが、ニコッと笑いながらまた初めて会った時のように頭を撫でてくれると思っていた。それなのに、、、 「はぁ?何言ってんだよ!俺はお前らの父親じゃねぇぞ!」 突然の怒鳴り声に思わず固まってしまった。 「ふざけんな!お前らは俺の子どもなんかじゃねぇ。俺の子どもはこの子だけだ!二度とお父さん呼ばわりするんじゃねぇ!」 お兄さんはお母さんのお腹に手を当てながらそう言った。お母さんに赤ちゃんができたらしい。弟かな、妹かなって本来なら嬉しいはずなのに全然嬉しくなかった。私も梨紗もいらない子だった、、、でも、今までのお母さんから叩かれたり、蹴られたりする日々より良かった。それに、幼稚園でおやつもご飯ももらっている。  小学生になって間もない頃赤ちゃんが生まれた。私も梨紗も赤ちゃんには興味がなかった。両親は赤ちゃんを大切そうに抱え、笑顔で見ていた。私たちは相変わらず放って置かれるだけ。朝、自分たちで起きて学校へ行き、学校が終わったら学童へ行き、夕方は最後にお母さんが私たちを迎えにきた。そして、家に帰れば真っ先に赤ちゃんの元へ行ってしまった。 「姫花ちゃんはかわいいねぇ。」 いつも両親はそういっていた。姫花が泣けば全力で甘やかし、欲しいものがあれば買い与えた。なぜ、同じ家にいるのにこうも違うのだろうか?同じ母親から生まれたのに…。幼稚園では園服があったが、小学校では制服はなかった。洋服はかろうじて春秋用、夏用、冬用3着ずつ与えられたが、ランドセルはゴミに出してあったものを拾ってきたものだった。6年間使われた古い赤いランドセル。ランドセル買ってもらうの夢だったのになぁ。でも、あるだけマシだったのだろうか。洋服は3着では1週間着まわせない。だから、梨紗と服を共有していた。それに穴が開くまで買ってもらえなかった。それに引き換え、姫花はかわいい洋服をたくさん着せてもらっていた。悲しい気持ちになるから姫花のことは見ないようにしていた。  小学校高学年にもなるとみんなオシャレに目覚め始めてくる。だから、みんな可愛くておしゃれな服を学校に着てくるようになった。でも、相変わらず私と梨紗は地味な服。地味なだけならまだいい。ゴミ捨て場の古着を拾ってきたやつらしい。だから、汚れているし、小さな穴が空いているものもある。だから、自然と周りが私たちを避けるようになってきた。3年生までは仲良くしてくれていたのも4年生に上がってから徐々に距離ができていき、最終的には話しかけても無視されるようになってしまった。 「汚い」 「菌が移る」 私たちはそうやって避けられ続けた。隣の席の子に席を離されたり、給食の時に私が配膳するとあからさまに嫌な顔をされたりした。それに私が配膳したことが原因で食べてくれない子もいた。それでも、先生は注意をしてくれなかった。むしろ、こんなみすぼらしくて汚い格好をしている私たちを先生も嫌がっているようであった。早くお金を手に入れないと。ご飯も満足に食べられないし、服も買えない。私と梨紗はお金を手に入れる方法を考え始めた。  まず出たのが働くことだ。でも、どう考えてもこの年齢では無理である。そう考えるとお金を稼ぐのではなく、必要なものを分けてもらったり拾ったりするしかなくなる。とりあえず、私と梨紗は給食で残ったパンやでデザートのみかんなどをこっそり持ち帰るようになった。それを二人で分け合う。少ないけれど、今までより食べられる。それと親の残した残飯を合わせればかなりマシだ。働くのは少なくとも中学に入らないと無理だろう。もうそうしたら高校生だと偽って働けるかもしれない。そしたら、家を出れるかもしれないまともな生活ができる。その日までここで頑張るのだ。  小学生6年生になるともう学校では完全に孤立していた。来年から中学生だというのにまだ汚らしい格好をしている私たちを周りは完全に無視していた。来年から私たち2人が中学に上ると言うことでお金もかかるからか親の目もさらに冷たかった。  通学路の紅葉の葉が落ち始め、冬を感じ始めた頃親が珍しく私たちのことを話していた。 「もう、あいつらの制服、用意しないといけないじゃない。めんどくさい。」 「そんなの買わなくてよくないか?高ぇし。」 「でも、買わなくて入学式にも行かなくて学校になんか言われたら面倒よ?」 「あぁ、それもそうだな。どっかでお古でももらえねぇかなぁ。他にも指定バックとか色々買わないとなんだろ?ほんと金かかるな、あいつら。」 親が何やら話している。お金がないなら姫花に服やらおもちゃやら買い与えるのを減らせばいいのに。  それから1週間くらいして、お兄さんが沢山の荷物を持って帰ってきた。 「おい!お前らのだ。」 どさりと置かれたダンボールを開けると土の匂いがした。中学の体操服が入っているのが見える。 「ありがとうございます。」 正直汚いし、古いし、サイズも合うかわからないのに嫌だったが、怒らせてしまったら大変だ。お礼を言い、梨沙と押し入れに運んだ。リビングダイニングにある押し入れ。ここが私たちが唯一心安らげる場所。うちは1LDK。洋室は両親の寝室になっている。そこで姫花も寝ている。親は昔から自分の寝室にこもってしまっていたから私たちはリビングダイニングの端にいてもいい気もするが、やはり目につくと嫌な顔をされる。私たちも親の顔なんて見たくないので押し入れに引きこもるようになった。押し入れにこもり懐中電灯をつける。そこでもらったものを開けてみた。土臭い。出そうとすると思ったより汚れている。押し入れまで汚れてしまいそうだ。仕方ないので庭に持って行き開け直した。中身を出していくと、体操服、運動靴、体育館シューズ、制服、指定バックと必要なものが一通り2つずつ入っていた。簡単に土を払ってサイズを確かめる。私たちが小さくて良かった。とりあえず、入らないということはなさそうだ。でも、運動靴も体育館シューズもぶかぶか。体育なんてまともにできなさそうだ。と言っても他に手に入れる術はないから使うしかない。バケツに水を汲んで庭に持って行き、ゴシゴシと洗った。まだ、本格的に冬にはなっていないと言っても寒い。こんな中、外で水に手を突っ込んで洗い物なんて最悪だ。早く押し入れに引きこもりたい。そんなことを思いながら二人で交代しながら体操服やらシューズやらを洗い、なんとか着ていけるレベルにまで綺麗にした。新品に比べたら汚いし、その上、ぶかぶかだ。きっと中学でも浮くのだろう。でも、まだ私には梨沙がいる。クラスは違うだろうけど近くに仲間がいるだけ頑張れる。それに中学に入れば働くことも出来るかもしれない。その時少しだけ未来に希望を抱いていた。  梨沙と一緒に最後の通学路を歩いた小学校の卒業式の日。卒業だというのにいつもの汚い服かと思ったら昨日母親から投げて2着のワンピースを渡された。明らかにお古だが、いつも着ている服よりはだいぶマシだった。、どっかからもらってきたのだろうか。久しぶりに新しい服を着れて少し気分がいい。相変わらず、親は来ないようだ。卒業式と言っても友達もいないし、好きな先生もいないし、全く悲しくないからか実感が湧かない。まあ、友達がいたとしても殆どの生徒はそのまま地元の公立中学に行くのだから悲しくないとは思うが。ひたすらつまらない卒業式が終わり、教室に戻る。他の生徒は卒アルに寄せ書きを書いたり、写真を撮ったりして楽しんでいるが、私は寄せ書きをもらいたい人もいなければ私に寄せ書きを頼んでくる人もいない。つまらないから静かにランドセルを背負って梨沙の教室へと向かう。教室からは梨沙も同じように出てきたところだった。二人で並んで帰る道。帰りは中学に入ったらどんなバイトができるかどうやって大人っぽく見せるかを考えた。新しい生活、このまま変わらないだろうと分かっていても少しだけ明るい未来を期待してしまっている自分がいた。    梨沙とポカポカ陽気の中、桜並木の下を歩いている。今日は入学式だ。二人の着る制服は少し大きい。カバンも綺麗ではない。新入生に見えないなぁ。また浮きそう。中学では部活には絶対入らなくてはならないから学校にいる時間が長い分最悪だ。何部に入るか梨沙と話しながら学校に向かった。昇降口で掲示されたクラス分けの紙を見る。早かったせいかまだ誰もきていない。1クラス約40人で5クラスある。私は2組、梨沙は5組だった。5組の教室の前で梨沙と別れ、2組の教室へと入った。教室は誰もいなかった。席を探し、座った。10分くらいすると教室に一人入ってきた。見たことのない女の子。違う小学校出身なんだろう。私の方を見て怪訝そうな顔をし、そそくさと席についてしまった。そりゃそうだろう。入学式というのに明らかに大きい、決して綺麗ではない制服を着ているんだから。諦めて大人しく座っていると廊下が騒がしくなり始めた。少しずつ教室の人数も増えてくる。でも、入ってくる子の中で私に話かけてくる人はいなかった。また一人。慣れてはいるもののやはり友達というものが欲しかった。そんなことを考えているうちに担任になる先生が教室に入ってきた。体育館に移動するように促され移動した。  長かった入学式が終わり、教室に戻る。その後教科書を配られ、簡単に今週の時間割を説明されて今日は終わりだ。部活の見学は来週から始まるらしい。昇降口で梨沙と待ち合わせてその日は家に帰った。  今週から部活の見学が始まった。私は吹奏楽部、梨沙は文芸部を見に行くことにしていた。吹奏楽部は楽器を貸してもらえるため、部費意外かからないし、文芸部も部費以外で買うものがないことが共通である。吹奏楽部が活動している音楽室に行く。すでに20人くらいの生徒が見学に来ていた。ほかの生徒に倣って壁沿いに立って先輩たちの練習を見学させてもらう。みんな上手だ。私もあんな風に吹けるようになりたいなぁ。そんなふうに思いながら眺めていた。部活の見学が終わり家に帰るとすでに梨沙がいた。部屋の隅、床に置かれた段ボールを机がわりに宿題をしている。姫花はリビングのテーブルを目一杯使って宿題をしていた。中学の宿題の方が圧倒的に大変だし難しいんだからテーブル少しくらい譲ってあげればいいのに。小1のくせに生意気だ。そんなことを思いながら私もリビングの端に段ボールを置いて宿題を始めた。ガチャ。19時前に玄関の鍵があき、お母さんが帰ってきた。 「あ!ママー!」 そう言って姫花は一目散に走ってお母さんを迎えに行った。 「バン!」 リビングの端で勉強していた、私の段ボールにぶつかった。 「チッ!」 思わず舌打ちをしてしまう。やばいっと思い、姫花達の方を見たが聞こえてないようだ。よかった。ほっと胸を撫で下ろし、再び宿題を始める。姫花はお母さんの手を引っ張ってリビングへ来ると宿題のあそこがわからないだとか難しいだとか言って助けを求めている。小1の最初の宿題がわからないとか頭悪すぎる。まあ、甘やかして何も考えさせてこなかった親が悪いのだが、、、お母さんはそんなことは気にせず笑顔で姫花に教えている。私は今日帰ってきた入学時テストで約200人中8番だったのに、、、そんなこと言っても無視されるだけだろう。梨沙もさっきから何も気にせず、宿題をしている。私も宿題に戻ることにした。  1週間にわたる部活動見学期間を経て、今週から仮入部が始まった。4月いっぱいまでは仮入部期間があり、GW明けの週が入部届の締め切りになる。我が中学校は部活動に入るのが必須のため、必ず期限までには出さなくてはならない。私は吹奏楽部以外にやりたいことがないから吹奏楽部かなぁ。でも、上下関係は厳しそうだ。吹奏楽部の活動が休みの水曜以外見学に行ったが、特に新入生とは誰とも話せなかった。同じ小学校だった子もいるし、私の噂は広まっているのだろう。制服の古さも相まって浮いたままだった。不安を感じながらも放課後音楽室に行った。仮入部とは言っても1年生だし、まだ楽器も決められないので基本筋トレだ。筋トレしたり、パート練習を見学したりと部活見学とそんなに変わらない。それでも週の後半になってくると仮入部に参加する新入生がほとんど固定されてきた為、余りがある楽器が一通り紹介され、楽器の希望を尋ねられた。私はサックスを希望した。理由はテレビで見て格好いいと思ったからという単純な理由。サックスは2本のあまりに対して3人が希望していた。 「来週末までに特に仮入部にくるメンバーに変わりがなければ再来週には楽器を決めるぞ。楽器によって希望者に偏りがあるから第二希望も考えておけよ。」 仮入部の1週目が終わった。  仮入部の週に入ってから梨沙が帰ってくるのが遅くなった。文芸部の方が早く終わるはずなのに不思議だ。吹奏楽部は部活の時間一杯までやっているから私より遅いことはないはずなのに。そんなことを思っていると部屋の隅に梨沙の通学バックが置いてあるのに気がついた。どうやら一回帰ってきてから出掛けたらしい。珍しい。もう友達でもできたのだろうか羨ましい。でも、梨沙は私に気を使っているのだろう、どこに行っていたのか何をしていたのかなんて何も話してこなかったし、私も聞かないことにした。  4月ももうすぐ終わる。今日が終わればGWだ。もう中学に入って1ヶ月が経つというのに相変わらず友達はいない。小学校の頃と変わらず一人ぼっちの日々。仮入部中の吹奏楽部でもそれは同じで相変わらず一人、先輩ともうまく話せず浮いていた。それに対して梨沙は友達ができたようだ。廊下を友達と歩いているのを見てしまった。梨沙に友達ができたことはいいことなのに素直に喜べない。梨沙も私に気を使っているのか報告してこない。そんなことを考えているうちに5時間目の授業が終わった。ホームルームが終わり、皆がウキウキしながら友達同士で話している。みんなどこかに出かけるのだろう。羨ましい。私なんてGWに入ってしまったら給食がなくなるから飢えの危機だ。そうならないようにこっそり、給食のあまりのパンやらご飯やら持ち帰っていたけれどそれもクラスメイトに見られてしまい、さらに引かれた。その上、持ち帰ったパンやご飯では足りない。憂鬱な気分になりながら学校を出た。中学に入れば年齢を偽ってバイトでも出来るかと考えたけれど、急激に見た目が大人っぽくなるわけではない。化粧もしないと無理だろう。でも、化粧品もない。高校に入るまでこんな生活が続くのだろうか。歩いていると道路の反対側の先の方に梨沙の姿を見つけた。友達といるようだ。自動販売機でジュースを買った友達が梨沙にジュースを手渡している。優しい子…そんな友達が梨沙にはいたなんて羨ましい。なのに私は…急に悲しくなり、走ってその場を去った。  GWに入ると毎日梨沙はどこかに行っていた。私も友達だろうと考えて何も聞かないことにした。梨沙も何も言わない。私は家で黙々と宿題をし、吹奏楽部の活動を見学しに行き、片付けなど手伝ったりしていた。どうやら給食のご飯やらパンやらを持ち帰っていることが先輩の耳にも入ったらしい、私は先輩から汚い雑巾を渡され、部室の掃除など他の後輩以上の雑用をさせられていた。家にいても居場所はないのだからいいだろう。居場所があるだけましだ。  GWも後半に差し掛かろうというある日、梨沙はとうとう帰ってこなかった。心配したが次の日の朝には帰ってきて着替えをとって出て行った。出て行く時に私に帰ってこなくても心配しないでと言い残していった。梨沙まで私を一人にする。私の方がお姉ちゃんのはずなのに、いつも私が梨沙を引っ張っていたはずなのに、急に不甲斐ない思いになる。悲しくて押し入れで泣きじゃくった。そして泣き疲れて眠りに落ちた。  「梨絵?」 梨沙の声で目が覚める。見ると押し入れの中を覗き込む梨沙がいた? 「あ、梨沙。帰ってたんだ。」 そう言いながら押し入れから這い出した。 「わ!梨絵、目腫れてるよ?」 そう言いながら梨沙が顔を覗き込んできた。 「ん?そう?」 梨沙に一人にされて泣いていたなんていえなくて、そう答える。 「梨絵、これ食べる?」 梨沙も細かく突っ込んでこずにそう言って手に持った袋を差し出してきた。そこにはフランスパンにサラダ、パスタ、ピザなどと言った食べ物がたくさん入っていた。 「わ!これどうしたの!?」 「もらったのー、一緒に食べよ?」 この量なら毎日3食食べても2.3日持ちそうだ。こんなにちゃんと食べれる日が来るなんて。嬉しすぎて、梨沙に誰からもらったのか聞くのを忘れて食べた。その日から2.3日に一回くらいの頻度で梨沙が食べ物をもらってくるようになった。梨沙はどこから食べ物をもらってくるのだろう。梨沙の友達が関係している?疑問はたくさんあったがなんとなく聞かない方がいい気がして聞かずにいた。  GWが明け、私は吹奏楽部に正式に入部した。先輩とも同級生とも打ち解けられてはいなかったがどうせ部活に入らなければならないし、楽器が弾きたかったからさほど気にならなかった。入部届が締め切られた次の週の月曜日、部活の初めに1年生が集められた。楽器決めだった。楽器決めでは1年生が第1希望の楽器をアンケート用紙に書いて提出した。希望者が楽器の数より少なければ確定となる。オーバーした場合は他の空きがある楽器に移ることも可能だ。誰も移らなかった場合公平にくじ引きになる。私はサックスに希望を出した。サックスは2本に対して3名が希望していた。誰も動かなかったため、くじ引きとなった。結果、私と山下さんがサックスとなり、前田さんが空きのあるパーカッションとなった。これが私の悲劇の始まりだった。山下さんとは同じクラスなのでこれを機に仲良くなれるのではないかと期待していた。しかし、楽器ごとに部室に取りに行く時に突然廊下で舌打ちをされた。山下さんは大人しい印象だったため、最初は何が起きているのかわからなかった。でも、山下さんの方を見るとすごい顔で睨んでいた。訳のわからないまま楽器をとりに行き、音楽室へ戻った。あとでわかったことだが、山下さんと前田さんは小学校時代から仲が良く、中学に入ったら吹奏楽部で同じ楽器をやろうと約束していたらしい。二人が仲良くしているから私が楽器を変えたら良かったものの二人の関係に気がつかず、自分のやりたかったサックスを押し通した結果、二人が怒ったようだ。それからの日々は地獄だった。皆が冷たい程度だったのが完全な無視やものを隠される嫌がらせに変わった。山下さんからこの話がクラスにも広がり、クラスでも無視されたり、嫌がらせを受けたりするようになった。徐々に学校にはいけなくなり、保健室登校をしたり、家に引き籠ったりする様になった。  その期間も相変わらず梨沙は2.3日に1回食料を持って帰ってきていた。梨沙が学校で友達を作るだけでなく食料まで調達しているのに自分は学校にすら馴染めないことが情けなくて梨沙と関わるのを避けるようになっていった。それでも梨沙はいつも押し入れで引きこもる私にそっと食べ物を届けてくれていた。  そんな梨沙の異変に気がついたのは中学3年生になったある日だった。2年生まではほとんど引きこもっていたし、保健室に行くのは週1回あるかないかだった。その上保健室に行っても1.2時間で帰っていた。しかし、そんなことをしていたら高校に行けない。いや、親は高校のお金を出してくれないだろう。中卒で働くにしても引きこもりなんてとってもらえない。そう思った私は親から自立するために勇気を振り絞って学校に行くことを決意した。そうして、珍しく朝から学校に行こうと準備をし、玄関で待っていた梨沙のもとへ行った時、梨沙が痩せたことに気がついた。 「梨沙、痩せた?」 「そう?気のせいじゃない?」 たしかに制服が大きいから痩せて見えるのだろうかとと思ったが制服が大きいのは前からだ。でも、梨沙が特に気にしていないので私も気にせず学校に向かって歩き始めた。しかし、それから1週間もして梨沙がほとんどご飯を食べていないことに気がついた。ご飯がないからではない。あるのに食べないのだ。前はもらってきたご飯は二人でガツガツ食べていたというのに、梨沙はほとんど手をつけない。 「梨沙、ご飯食べないの?」 「うん、もらった時にちょっとつまみ食いしたからいらない。」 ご飯を分けてもらっている先で何かもっといいものでももらっているのだろうか?と思ったが梨沙が私に隠れて自分だけいいものを食べているとは思えなかった。それから徐々に梨沙は体調を崩して学校を休むようになった。少しでも体力をつけてもらおうと梨沙にご飯を渡しても全然食べようとしない。梨沙はどんどん痩せていった。梨沙は6月に入る頃には完全に学校にいけなくなっていた。梨沙が学校に行けなくなって1週間が経った頃のある日、私が学校から帰ってきた直後くらいに玄関のチャイムがなった。珍しい。誰だろうと不思議に思いながらドアを開けた。 「どちらさま‥」 言い終わらないうちにすごい勢いで腕を引っ張られた。 「なんで店に来ないの!?学校にもきてないし。私を裏切るつもり!?」 「え、いや…」 物凄い剣幕で言い寄られ言葉が出ない。 「ねぇ!なんか言ってよ!?いつもたくさん食べ物もらってたじゃない!?」 「美咲…やめて…ごめんね…本当にごめんね……」 梨沙が出てきて謝り始めた。 「え?何?双子!?」 美咲という女の子が私と梨沙をみて驚いた顔をし、少ししてしまったという顔をした。 「もういい、早く治して学校きてね。寂しいから!」 さっきとは打って変わって明るく梨沙にいうと走って行ってしまった。この子はもしかして、学校で梨沙と一緒にいた子ではなかっただろうか? 「ねぇ、梨沙あの子…」 聞きたいことはたくさんあるがうまく言葉にできない。 「友達!バイト先も紹介してくれたの。だから、早く治さなくちゃ!」 そう言って梨沙は家に入っていった。 (梨沙、あの子は本当に友達なの?なんであんな風に詰め寄ってきたの?)どうしても言葉にして尋ねることは出来なかった。完全に学校にいけなくなってから梨沙は急激に弱っていった。食べ物をほとんど口にしようとしない。でも、食べないと痩せる一方だから私は泣きながら梨沙に食べ物を食べさせようとした。食べたと思ってもすぐに戻してしまう。こんなにひどい状況にもかかわらず、両親はテレビをみて笑い、小学生の姫花と楽しそうにお話ししている。姫花の中にも私たちは汚い存在、邪魔な存在として植え付けられてしまったのだろうか。一度も話したことがない。目すら合わせてくれない。完全に無視だった。このひどい両親でさえも梨沙のこの状態を見れば助けてくれるかもしれないと考えていた。姫花のことでいっぱいいっぱいで梨沙のこの状態に気がついてないだけだと信じて思い切って声をかけた。 「お母さん…」 「あははは、ねぇ、姫花見てよ。」 そう言ってテレビを見ている。 「あの、お母さん。」 「ねぇ、あなた。今週末どこか出掛けない?」 「お母さん!」 「あぁ!もう!うるさいわね!あんたは黙ってなさい!家にいるだけで邪魔なの!」 「でも、梨沙が…」 「はぁ?何よ!」 「ご飯食べれなくて、このままじゃ死んじゃうよ…」 「そんな簡単に死ぬわけないでしょ!そのうち食べれるようになるわよ。何?私たちに医者に連れて行けとでもいうの?お金かかるのに?」 「ごめんなさい。」 「わかったら静かにしてなさい!」 本当に梨沙は食べられるようになるだろうか?病院に連れて行ってあげたいけどお金がない。 「ごめんね、梨沙…」 辛そうに吐いている梨沙にただただ謝るしかなかった。 ********************    それから梨沙が亡くなるまで1週間もなかった。今日、学校から帰り、梨沙のいる押し入れを覗くと梨沙が動かなくなっていた。何が起きたのかわからない。どんなに話しかけても揺すってもダメだった。ただひたすら泣いた。そのうちに姫花が帰ってきても気にせず泣いた。 「うるさいわよ!」 突然、押し入れを開けて怒鳴られ、我に返った。 「さっきから静かにしてって言ってるじゃない!」 全然気がつかなかった。 「梨沙が…」 「はぁ?何よ!」 「動かない…死んじゃった…」 「そんなわけないでしょ、大げさねぇ…」 そう言いながらも母親は横で横たわっている梨沙に目を向け固まった。 「うそ…」 明らかに痩せて弱弱しい見た目の梨沙に驚いたのだろう。恐る恐る触って冷たいのを確認すると絶句した。 「ただいまー」 そこにお兄さんが返ってくる。 「あなた…」 「どうした?」 「どうしよう、死んでる、、、私捕まるの?」 実の娘が死んだというのに心配するのはそこなのかと愕然とする。 「は?あ、ほんとだ冷たい…」 「どうしよう?姫花もいるのに…」 「…………。死体は自分の家の庭に埋めるのが一番見つかりにくいって本で読んだぞ。庭に埋めるしかないな。ここはアパートの一階で狭いけど庭もあるし、そこに埋めよう。ここは一番奥だし、今は隣に誰も住んでない。向かいの畑に人がいない時を見計らって穴掘って夜静かに埋めるしかないな。しばらく引っ越せなくなるが仕方ないだろう。」 「そうね、それがいいわ。」 親が恐ろしいことを話している。実の娘に満足にご飯を与えず、弱っても病院にも連れて行かず、死んだら埋めて隠蔽するなんて、、、私もいつかこうなるのだろうか。怖いが下手なことを言ったらこの場で殺される気がする。黙って見ているしかなかった。押し入れに引きこもって静かに泣き続ける。いつのまにか泣き疲れて寝ていた。  今日は休日だ。起きると親は二人とも庭にいた。どうやら洗濯物を干すフリをしながら向かいの畑に誰もいない隙を見て穴を掘っているらしい。庭と言っても洗濯物干しスペースであるため、砂利だらけで土も堅そうだ。かなり苦戦している様子だ。それでも下手に騒いで上階の人にバレると怖いのか静かに黙々と掘っている。一人埋めると言っても相当掘らないとならないだろう。自首してくれたらどれだけ楽だろうか。絶望的な気分でぼーっとしながら過ごした。親は庭に穴を3日ほどかけて掘り、穴を掘り終わったその日の夜に梨沙を埋めた。梨沙が埋められる時、庭に咲いていた名も知らない花を一緒に入れた梨沙はもういない。梨沙の遺体が家からなくなり改めて実感した。自分一人で生きなければならない。梨沙の分も生きなくては、しっかり自立して親から逃げて梨沙に何があったかを伝えなくてはならない。  7月に入った。暑くなってきて押し入れにいるのも辛い時期だ。仕方なく部屋の隅で過ごすことが増えた。梨沙が居なくなって辛くても強く生きなくてはならない。今では保健室登校よりも教室に行くことの方が増えた。1番の理由は給食の残りを手に入れられるからだ。でも、部活には完全にいけなくなってしまった。授業が終わり、学校を出る。部活には行かなくても先生には何も言われなかった。家について部屋の隅で一人宿題をしているといつも通り、姫花、母親、お兄さんの順に帰ってきた。母親はできたてのご飯を姫花とお兄さんに差し出す。この光景もなんとも思わなくなってきた。私は完全に邪魔者。押し入れに入って給食の残りでも食べようかと思った時、電話がなった。 「はい、石川です。」 母親が電話に出る。 「あ、すみません。最近学校に行きだからなくて、朝になると体調崩してしまうんです。しばらく家で様子見てみます。すみません。家庭訪問!?いや、とんでもない。はい。では。」 学校だろうか?でも、私は学校に行っている。そんなことを考えているとお母さんがお兄さんに報告し始めた。 「どうしよう?梨沙の担任から電話かかってきた。体調が悪いってことにしたけどずっとは隠し通せないよね。」 「いや、梨絵がいるし大丈夫じゃない?たまに梨絵に梨沙の教室に行かせれば?どうせ梨絵だって学校ちゃんと行ってない時あっただろ?バレないだろ?もう少しで卒業だし。」 「そうねー。でも、高校はどうしましょう?」 「高校も金出す必要あんの?もう義務教育じゃないし、よくねーか?」 「でも、学校から何か言われそうじゃない?最近は中卒なんてほとんどいないわよ。」 「じゃあ、梨絵は定時制でも行かせるか?そしたら、働いたお金で学校もいけるだろ?」 「そうね、梨絵は定時制でも行ってもらって、梨紗はこのままたまに学校に顔出す程度にして中卒で体調と相談しながら仕事探しますにしてもらう?」 「それでいこう!何か言われたら梨絵をバイトさせてそこで働き始めたってことにすればそれ以上は聞かれないだろう。」 いつのまにか、私が時々梨沙になりすまして、生活をすることになっている。なんて恐ろしいことを考えているのだろう。もしバレたら私はこの二人に何をされるだろうか。恐怖で震えが止まらなかった。  私が梨沙になりすます。あの恐ろしい決定から1週間が過ぎた。いつも通り学校に行こうとすると母親が出てきて腕を掴んできた。 「あんたさ、先週も毎日学校行ったよね?」 「はい…」 「今日はとりあえず、休んで。明日は行ってもいいから。あと、たまに保健室登校もして。」 何故か母親は私が保健室登校していたことを知っていた。学校から電話がかかってきたのだろうか。 「はい。」 何されるか分からないので返事をした。 その日の夕方またインターホンが鳴った。出ると美咲だった。 「梨沙はまだ治らないの?私が心配してるって伝えてくれる?」 そう言って、手紙を渡してきた。 「あら、梨沙のお友達?」 お母さんが出てきた。 「始めまして!高橋美咲です!梨沙さんと同じクラスで仲良くさせてもらっています。」 「そうなの!いつもお世話になってます。少し体調は良くなってきてるみたいだから、来週からは学校に行くように言ってみるからまたよろしくね。」 「はい!来週からはまた一緒に勉強出来そうですかね?」 「あら、あの子と一緒に勉強していたのね。本当に何も言わないから困っちゃうわ。」 「そうなんです。梨紗ちゃん頭いいし、勉強教えてもらってて。ついでに私のお店の準備も手伝ってくれてとても助かってます。」 そうなのね、お店はなんていう名前なの?」 「barなんですけどmilky wayって名前です。」 「そうなのね。梨紗がたまにお惣菜もらってくるのはbarのものだったのね。あの子何もいわないから困るわ。また、美咲ちゃんと勉強してもらわないと。もう、休んでばっかりでバカになってるわ。また、よろしくね。」 「いえ、梨紗ちゃん頭いいから。こちらこそよろしくお願いします。では、失礼します。」 そう言って美咲は走り去っていった。中に入ってドアを閉めると母親が私に話しかけてきた。 「来週か再来週くらいからたまに梨沙として学校に行って。で、学校行った日は美咲ちゃんの家にも行ってくれぐれも梨沙のことを怪しまれないようにね。」 「はい。」 学校に行けと言われても、私は梨沙の学校での姿や美咲さんのことも知らない。それに美咲の家の手伝いもしてたと行っていた。親の命令に心の中では言い返せても口に出しては言えない。言ったら梨沙より酷い目に遭う。私はなんとしてでも中学を卒業して、働いて自立して、ここから逃げなくてはならない。そして、梨沙に何があったかを伝えなくては行けないんだ。そのためにも梨沙として行動する決意を固めた。  親の命令を受け、先週は2日ほど学校を休んだ。今週も同じくらい休む予定だ。1日は保健室登校もしようか。そして、休んだ1日は梨沙として教室に行ってみようか。親の命令をどうやり遂げるか悩みながら学校までの道を歩く。7月も半ばもう、今週行けば夏休みだ。夏休み期間中、何回かは美咲の家に顔を出さないと行けないだろう。    今日は月曜と水曜日は学校を休み、火曜は保健室登校をした。そして、今日は梨絵としては欠席、梨沙になって学校に行く日だ。梨沙の制服を着て梨沙のバックを持つ。私たちは同級生に間違われないよういつも髪型を変えていた。私は低い位置で髪を一つにまとめているが、梨紗は高い位置でポニーテールにしていた。だから、私は今日高めのポニーテールにし、登校した。梨沙がクラスメイトとどのように関わっていたか分からないのでマスクをして登校した。これなら話しかけても声が出ないで通せる。とりあえず、クラスの雰囲気をつかもう。教室に着くと美咲さんがいた。 「おはよ!もう、梨沙。やっと来た。」 「ごめんね…」 「で、いつから家来れるの?」 「ちょっと喉の調子悪いから声あんまり出ないけど、今日は行けそう。」 「わかった。じゃあ、今日来てね。」 「うん、わかった。」 変に思われていないだろうか。そんなことを考えているうちに担任が教室に入ってきてホームルームが始まった。何事もなくホームルームが終わり、1限が始まる。休み時間のたびにどうしたら梨沙っぽいだろうかと悩んだが、特に何も起こらなかった。美咲以外誰からも話しかけられなかったし、美咲からもそんなに話しかけられない。辛うじて移動教室は一緒だったが、美咲にいくよ!ときつくいわれ、私は美咲についていくだけだった。私が見た美咲と仲良く話す梨紗はなんだったのだろうか。梨紗は美咲以外友達がいなかったのだろうか。そんなことを考えているうちに放課後になった。今日は文芸部の活動があるので文芸部の部室に行った。前に梨紗が言っていた通り、文芸部の活動はかなり自由だった。しっかり作品を進めている子もいれば宿題をやっている子もいる。それに開始時間も決まっておらず途中で帰る子もいるため、部室への出入りが結構あった。1時間ほど部室で作業をしたあと美咲と美咲の家へと向かった。  美咲は家に着くと部屋には寄らずにすぐにbarに入っていった。薄々気がついてはいたが、おそらく勉強はしてないだろう。梨紗はこの店の手伝いをして食べ物をもらっていたんじゃかなかろうか。milky wayでは、梨紗はドリンク作りをしたり、お客さんの話相手になったりしていたようであった。私は今日、あまり声が出ないことになっているのでお客さんの接客はなしで、カウンターでのドリンク作りということになった。幸いドリンクの作成の仕方はカウンターの裏に貼ってあったため、困ることはなさそうだ。お客さんがくるのを待ちながらお店の中を見渡したが、個人のbarだからお店はこじんまりとしている。カウンター席は5席ほど、テーブル席も8席ほどだった。ふらっと気軽に入れるような雰囲気でもなかったのでおそらく常連が多いのではないだろうか。お客さんの名前がわからずばれてしまいそうだ。いや、そもそもお客さんは私が双子なことすら知らないか。そんなことを考えているとお店のドアが開き一人の男性が入ってきた。どこにでもいそうなサラリーマンの男性50代前半くらいだろう。 「お!梨紗ちゃん!」 私は黙って頭を下げた。 「なんだ風邪引いてるのか?お店に来ても見ないから心配したじゃないか。美咲に聞いても詳しくは知らないみたいだったし。」 もう一度頭を下げる。 「そんなに体調悪いのか?」 「すみません。あまり声が出なくて…」 「そっかそっか。じゃあ、しょうがねぇな。速く治せよ。早く一緒に飲むぞ。」 「えっ…」 思わず声が出た。幸いマスクをしていたこともあり美咲にもおじさんにも聞こえてないようだ。でも、今飲むって、、、。私が中学生なことを知らないのだろうか?いや、知ってたらそれはそれでまずいか。梨紗はこのおじさんとここで飲んでいたのだろうか?梨紗がわからなくなってきた。そうこうしているうちにおじさんはカウンター席につき、ジントニックを注文した。当然私はお酒を飲んだことがない。ジントニックは聞いたことはあるもののそれだけだ。カウンター裏に貼ってある紙を見て必死に作った。 「どうぞ…」 恐る恐る差し出す。おじさんは一口のみ美咲に話かけ始めた。よかった。ちゃんとできたようだ。 「美咲ちゃん最近学校どう?」 「えー、つまんないですよー。」 「でも、高校生って一番楽しい時なのに。楽しまないと!」 「学校とバイトの日々ですね。でも、ここ、好きなんで。」 「そっかよかったよかった。」 おじさんと美咲の話を聞いていてまた声が出そうになった。私たちは高校生ってことになっているようだ。だとしてもアルコールはまずいんじゃないか。そんなことを思っていると。 「美咲ちゃんもなんか飲みなよ。」 「そうですねー。カシオレのもーっと。梨紗、カシオレ!」 「はい。」 慌ててカシオレを作って美咲に出す。美咲はおじさんと乾杯して飲み始めた。梨紗もこれをやっていたってことか、、、。これじゃあまるでキャバクラだ。中学生が働いてる時点で問題だし、その上アルコールとは。めちゃくちゃだ。でも、梨紗はご飯のために頑張ってくれていたのだろう。そう考えたら涙が出てきた。カウンターの影に隠れて涙をぬぐい、美咲とおじさんの話に耳を傾けていた。  美咲は基本的におじさんの話に相槌を打つ程度だった。おじさんは会社での話や家庭での愚痴を美咲にこぼし続けるそして、美咲を煽りながら飲んでいる。美咲はアルコールが得意ではないのかちびちびと飲んでいる。それに対しておじさんの飲むスピードは早い。美咲が半分も飲み終わらないうちにおかわりがきた。2杯目のジントニックを作っていると2人のサラリーマンがやってきた。二人は奥のカウンターに座り、カクテルを注文した。注文されたカクテルを作って出す。サラリーマン2人組は特に美咲にも私にも声をかけてくることなく二人で話して飲み続けていた。相変わらず美咲はちびちびと飲んでいる。 「美咲ちゃんはなかなか飲めるようにならないねぇー。マスターは飲めるのに不思議だねぇ。マスター、ポテト!」 「ありがとうございます。」 そう言ってマスター、美咲のお父さんは厨房でポテトを作り始めた。 「梨紗ちゃんはもっと飲めたんだけどね。梨紗ちゃんは今日風邪引いてるから無理か。風邪うつったらまずいし、また治ったら一緒に飲むぞ。」 私の方を見ながらおじさんが言う。とりあえず、笑顔で会釈しておいた。梨紗は飲めたのか、、、私はアルコール大丈夫なのだろうか。飲みすぎて倒れたとかだと洒落にならない。かなり不安だ。どうやって乗り切るかを考えているうちに時間が過ぎていき、美咲と過ごす1日目が終わった。  結局1学期最後の今週は木曜、金曜はしっかり梨絵として中学に行って終わった。水曜に美咲から夏休みもといわれたので週3ほどで顔を出す約束をしておいた。問題はアルコールをどう乗り切るかだ。調べたところ胃に食べ物が入っていない状態で飲むのは酔いやすくなるようなので、美咲の家でもらった食べ物はある程度残しておき、美咲の家に行く前に食べてから行くことにした。   夏休みに入り、美咲との約束通り、美咲の家に通っている。2週間ほどたち8月に入った。美咲の家のbarについてはだいぶわかってきた。とりあえず、ほぼ毎日来る常連さんは美咲を話相手に飲んでいたおじさん、2人組のサラリーマン、初めて行った時には来なかったが40代くらいのおばさんの3人だ。あと、週2.3回くらい一人でくる20代後半のお兄さん。あとは週1くらいで来るお客さんがちらほら。意外に新規の客や常連というほどでもないお客さんも結構いる。よく来るお客さん事情はすぐに掴めたし、私に話しかけてくるのはあのおじさんくらい。それにおじさんはだんだん酔ってくるので多少不自然なことを言ってしまっても何もいわれず平和だった。しかし、美咲はおじさんがくると私をおじさんの話相手にさせ、自分はカウンターでのドリンク作りに行ってしまうため、大変だった。おじさんはこちらが何もいわなくてもどんどん話してくれるため、話題には困らないのだがとにかく飲む。そして、飲みなよと煽ってくるため飲まないわけにはいかない。私はそこまでアルコールに強いわけではなく、カクテルも2杯も飲めば酔ってくる。さすが成人するまで禁止されているだけある。未成年の私にはきつい。週3回もアルコールを飲んでいるからか、美咲の家にくるようになってから胃が痛むことが多くなってきた。でも、ご飯ももらっているし、なんとなく断りにくい雰囲気がして断れずに、回数を減らすことすら出来ずにいた。 もう一つ気になっていることがある。それは週に2.3回くるお兄さんのことだ。お兄さんは常連の部類なのだが、私に話しかけてくることは一切ない上に美咲やマスターとも最低限しか話さない。このお店に来て最初のうちはあまり気にしていなかったが、そのお兄さんが私のことをすごく見ている気がするのだ。カウンターでドリンクを作っているときや常連のおじさんと話している時など視線を感じてそちらを見ると必ずお兄さんがいて、すぐに目を逸らす。そんなことが何度もあった。お兄さんは私を見ているだけで全く話しかけてこないからこちらとしてもどうしようもできない。しかし、あんまりにも見られると落ち着かないし、直接的な被害はないものの恐怖すら湧いてくる。そんな恐怖とアルコールによる胃痛と闘いながら過ごし、8月も最終週になった。来週から2学期が始まる。また、梨沙になりすましつつ、梨絵としてもしっかり生きなくてはいけない日々になる。ここにくる回数も必然と減るだろう。少しは体を労わらなくては。  ついに9月になった。今日は始業式だ。今日は梨絵として学校に行くことに決め、支度をして学校に行った。相変わらず夏休み前と変わらない日常がそこにあった。無事に1日を終え、家に帰る。最初の週は火曜に梨紗として学校に行き、美咲の家にも行った。水曜は梨絵として保健室登校。木曜は梨絵として教室に、金曜はどちらも欠席にした。9月に入ってから梨絵は週2.3回学校へ、梨紗は週1.2回の登校のペースにした。美咲にはちゃんと学校来てよと責められたが仕方ない。それにしても9月に入ってから気になることがある。梨紗として教室にいるとやけに視線を感じるようになった。barにいるときと同じ感じで視線を感じで振り向くと必ずクラスメイトの男の子がいる。そして、その子は必ず目を逸らす。名前は確か竹内くんだった。しかも、その子は私が梨絵として教室にいると必ず教室にやってきて私のクラスのクラスメイトに話しかけている。そして、その時にも視線を感じるのだ。竹内くんは私と梨紗のことに気がついているのかもしれない。二人が同じ日に学校に来ないなんて確かに不審すぎる。今までは私に誰も関心を持っていないと思っていたけれど気になる人がいても仕方ないことなのかもしれない。午前と午後で換えるとかしないといけないだろうか?でも、それはあまりに危険だろう。結局今まで通りのペースで梨紗を演じ、梨絵としても生活を続けていくことにした。  10月になった。相変わらず美咲の家での手伝いは辛いが、ご飯も安定して食べれるので続けていた。梨紗と梨絵と演じ分けるために学校を欠席することもあるのでその分は家で一生懸命勉強してカバーし、頑張った。これなら定時制にも受かるだろう。それに美咲の家での手伝いはバイトのようなものだ。高校に入ってから仕事をしても他の人ほど苦労しないかもしれない。そんなことを考えながらいつものようにおじさんの相手をしてお店を出た。お店を出て数歩歩いたところで声を変えられた。びっくりして振り向くと、お店の常連の20代後半のお兄さんが立っていた。 「今お店終わったの?」 「はい。」 びっくりしながらも答える。 「あのさ、、、、突然話かけてごめんね。少しだけ話ししてもらえないかな?」 お店にいる間視線を感じ続けていたから怖いと感じてもおかしくないのに、何故か怖くなかった。怖いどころか何故か安心感を得ていた。そのくらいお兄さんの声は優しかった。黙ってうなずく。 「ここじゃ暗いから、明るいところ行こう。いくら常連と言っても突然話しかけて怖いよね。ごめんね。」 そう言ってお兄さんは私を近くのカフェに連れて行った。カフェに着くとお兄さんはメニューを差し出してきた。 「なんでも好きなもの頼んでいいよ。」 カフェなんて初めて来た私は戸惑ってしまった。とりあえず、ホットティーを頼む。お兄さんは私のホットティーと自分のホットコーヒーが載ったトレーを持って一番奥の席に行った。お兄さんの向かいに座る。いつもはbarのくらいところでのお兄さんしか見たことがなかったからお兄さんの顔をはっきり見たのは初めてだ。誰かに似ているような、、、でも、思い出せない。とりあえず、紅茶を飲む。カップに顔を近づけるとびっくりするくらいいい匂いがした。一口飲む。とても美味しい。感激しているとお兄さんが口を開いた。 「あのさ、、、、突然なんだけど。梨紗ちゃん?って高校生じゃないよね?」 「え、、、」 突然高校生ではないと言われて動揺する。 「もしかして美咲ちゃんも中学生?」 「、、、、」 どうしていいか分からず黙ってしまう。 「barのマスターが怖いの?でも、中学生なんでしょ?正直に言って。」 もう、バレている。でも、認めてしまったら?私はもうbarで食料はもらえなくなる。居場所も失う。この生活を知ってしまった今、前の生活に戻れるだろうか? 「あと…このタイミングだから言うけど…君、梨紗ちゃんじゃないよね?」 「え…」 突然の発言に頭が真っ白になる。バレた…これじゃあ、私は食料も手に入れられなくなる上に両親に何されるかわからない。いや、絶対に殺される。頭の中をいろんなことが巡る。私はどうすればいい? 「ねぇ、虐待されてるでしょ?その服だって古いじゃん。それにいつもそうやってたくさんbarの廃棄貰ってるんだよね?」 一気に秘密を言われてしまったせいで何も言えなくなってしまった。 「はぁ…」 お兄さんはため息をつくとカップをとり、コーヒーを一口飲んだ。そのままカップをゆっくりとおく。どれだけ時間が経っただろうか。でも、私の頭はまだ整理し切れていない。 「ねぇ、なんで言わないの?怖いの?barのことがバレたらマスターが捕まるから?梨紗ちゃんじゃないことがバレて虐待もわかったら両親が捕まるから?犯罪者の近くにいなくてもいいんだよ。いや、虐待されてても両親が好き?でも、辛いなら逃げるべきなんだよ。逃げる場所はあるよ。児童養護施設がある。きっと入れるよ。入れなくても僕が安心して住める場所を探す。だから話して。もう、ああやって君が飲まされ続けて辛そうなのを見たくないんだ。」 突然の温かい言葉にびっくりした。そして、気づかされた。私は親から自分の力で逃げることだけを考えていたけど、自分の力じゃなくてもいいんだ。本当に辛い時は誰かを頼っていいんだ。今まで一度だって先生に助けを求めたこともなかった。もしかしたら誰か助けてくれたかもしれないのに。誰にも頼ろうとせず一人で生きていたけどこうやってお兄さんが声をかけてくれたこんなにありがたいことがあるんだろうか。いろいろな思いが頭を巡り気がつくと涙が溢れていた。泣くのをやめようと思ったけど止まらない。そのまましばらく泣き続けた。ようやく落ち着き顔を上げるとお兄さんが優しい顔でこちらを見ていた。 「落ち着いた?」 「はい。」 「話せる範囲で話してもらえないかな。」 気がつくと店内には私たちしかいなくなっていた。私はうなずくと話はじめた。まずは私が中学生であること、自分は梨紗ではなく、梨紗の双子の姉であること、梨紗はクラスメイトの美咲の家であるこのbarに手伝いに来ていたこと。そして、今は私が梨紗のかわりに美咲の家のbarに来ていること、私たち双子は両親から食事も与えられず、barの廃棄が頼みの綱であることを話した。私が話している間お兄さんは真剣に聴いてくれた。でも、なぜ梨紗のかわりに私がbarに来ているかは話せなかった。私が梨紗として学校に行っていることも… 「そっか、両親と4人で暮らしているの?」 私が話し終えるとお兄さんは口を開いた。 「妹がいます。」 「妹さんはどうしているの?」 「妹は可愛がられています。私たち双子は父親がわからないんです。物心ついた時はお母さんと3人でした。妹はお母さんの結婚相手との間に生まれた子です。」 「そっか…あともう一つ聞くね。梨紗ちゃんのかわりに…あ、ごめんね、名前聞いてなかったね。」 「梨絵です。」 「梨絵ちゃんは梨紗ちゃんのかわりに学校にも行ってるよね?」 「え…」 中学でのなりすましもバレてた…なぜだろう。必死に考える…このお兄さんは何者なんだろう。そう思い、お兄さんの顔を見つめた時あることに気がついた。このお兄さん竹内くんに似てる!?竹内くんはこのお兄さんの弟なのだろう。竹内くんが毎日私や梨絵の出席を確認している理由がわかった。ここまできたら正直に言うしかないだろう。幸いカウンターからは遠い、ほかのお客さんもいない。誰にも聞かれずにお兄さんに私達の身に起こったことを伝えることができる。意を決して話すことにした。中学に入ってから梨紗が帰るのが遅くなっていったこと。その梨紗が2.3日に一回食べ物を持ってきてくれ、それを食べて過ごしたこと。3年生になってから梨紗が体調を崩し、学校に行けなくなってしまったこと。母親に助けを求めたものの放って置けばいいと言われてしまったこと。梨紗の担任から家に電話がかかってきてしまい、慌てた母親が私に梨紗のかわりに学校に行くよう命じたこと。梨紗と同じクラスの美咲が家に来たことで梨紗が美咲の家に出入りしていたことを知ったこと。それを知った母親が私に梨紗となって美咲の家に行くように命じたこと。そして、もう一つ…梨紗が亡くなったことを伝えなくてはならない。その時、私は梨紗が亡くなったことをしっかり受け止めていなかったことに気がついた。話してしまったら梨紗が亡くなったことをしっかり受け止めなくてはいけなくなる。そう思うと再び涙が溢れてきた。涙が止まらない。嗚咽を漏らして泣き続ける私にお兄さんはただ事じゃないものを感じたようだ。 「え、梨紗ちゃんは…今どうしているの…」 必死に涙を堪えて声を出す。 「梨紗は…死にました。」 「……………。」 お兄さんは何も言わない。 「梨紗はどんどん痩せていってご飯も食べなくなって、、、お母さんに助けを求めても放っておかれて…」 涙が止まらない。 「で、梨紗が死んだら親が焦って…それで…」 言葉にならない。なぜうちの親はあんなにひどいことをしたのだと言う怒りと、なぜ梨紗が食べ物を口にしなくなった時点で誰かに助けを求めなかったんだと言う自分に対する怒り、そして、梨紗がひどい最期を遂げ庭にそのまま埋められたことに対する悲しみで涙が止まらず何も言えなくなっていた。 「梨絵ちゃん、もういいよ。話してくれてありがとう。」 そう言って気がついたようにポケットからハンカチを取り出して渡してくれた。  ようやく私が泣き止むとお兄さんは口を開いた。 「やばい。もう12時近くだ!梨絵ちゃんて帰るの遅いと両親なんか言う?」 「私のことなんて気にしてないので何も…」 「じゃあ、とりあえず交番行こうか。」 「え?」 思わず声が出る。 「誰かが亡くなったのにそれを届け出ずに放って置くなんて犯罪だよ。それに君の両親が君にしたこともね。たとえ両親でもいけないことをしていたらちゃんと言わなくちゃ。君はこのままあの生活を続けるたいの?」 首を振る。でも、美咲が、、、 「美咲ちゃんの心配をしてる?あの子も被害者だよ。梨紗ちゃんが来るまで美咲ちゃんがお酒の相手をさせられてた。美咲ちゃん大人っぽいし、20歳にしては幼いなぁとは思ってたけどbarは暗いし、気にせずにそのままにしてた。美咲ちゃんも親に苦しめられてるってわかったんだから助けなくちゃいけないんだよ。一緒に警察にいってくれる?また、同じこと話さなくちゃいけなくなるかも知れないけど…」 私は黙ってうなずいた。お兄さんの後をついて交番に着いた。そこでお兄さんは私がbar Milky Way で働いていたこと、高校生であるにも関わらず周りが止めることなくアルコールを飲まされていたこと。そして、私が親からネグレクト(親に世話をしてもらえず放置されることを言うらしい。)されていて、barでもらえる廃棄を頼りに生きていたこと。先にbarで働いていた双子の姉妹は体調を崩しそのまま亡くなってしまったこと、そしてその姉妹の死を隠すために私がなりすまして学校にもいっていたこと。お兄さんが私がもう一度言わなくていいように一気に説明してくれた。警察もあまりの出来事に驚いていた。 「双子の妹の遺体はどこに隠されているんですか。」 一通りお兄さんからの説明を聞いた警察は私にそう尋ねた。 「私のマンションの庭です。」 私はそう答えた。私はそのまま交番に残ってお兄さんと詳しいことを説明することになった。私の両親の遺体の遺棄を知った警察は家に遺体の捜索に行かなければならない。交番におまわりさんは一人しかいなかったので本部に連絡をして私の家に向かわせていた。慌ただしく動くおまわりさんを見ながら私は今後自分がどうなるのか、美咲がどうなるのかを心配していた。 「心配しなくていい。barもしっかり調べるから。それに君は施設で生活できる。ちゃんと服もあったものを着れるし、ご飯だってちゃんと食べられる。今まで大変だったね。よくがんばったね。」 おまわりさんはそう言って微笑んだ。こんなに温かい言葉をかけられる日が来るなんて私は再び泣いてしまった。泣き止むと警察から最低限のことを聞かれた。そして、児童保護施設の人が迎えにきて今夜は施設に泊まることになった。次の日施設の人に連れられて、警察署に行った。すでに常連のお兄さんも来ており、お兄さんと一緒に竹内くんもいた。3人別々で話を聞かれた。私の番の時おまわりさんからアパートの庭から梨紗の遺体が発見された旨、今後司法解剖をする旨、両親が捕まった旨を知らされた。姫花は父親の方の祖父母に預けられることになったらしい。私は今後梨紗のことや今回のことで警察署に来る必要もあるが今後は昨晩泊まった施設で過ごすことになるようだ。美咲は警察がbarを調査をし、保護する予定とのことだった。施設に入れば私は学校が変わる。あと、半年もないのに新しいところに行くのかとも思ったがもともと友達もいないのだし気にすることはない。おまわりさんとの話が終わって帰ろうとすると竹内くんとお兄さんがいた。 「助けてくれてありがとうございました。」 頭を下げる。 「いや、本当によかったよ。また、梨紗ちゃんのこととかでここに来るから大変だろうけど施設でも元気に過ごすんだよ。」 お兄さんが笑顔でそう言ってくれた。 「新しい学校、短い期間だけど楽しめるといいね。よかったら、連絡して。」 そういってメールアドレスと電話番号が書かれた紙を渡された。 「ありがとう。」 びっくりしながら紙を受け取った。警察署の外に出て施設の人の車に乗る。竹内くん兄弟は笑顔で見送ってくれた。 これからは私の人生をしっかり生きよう。生きられなかった梨紗の分も生きよう。きっと人生は喜びで溢れているはずだから…
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!